「仲間うちの会話だけで終わっていないか」「投票に行く気になってもらえるかは、全人格が問われている」 ~湯浅誠氏講演会「“生きる”むずかしさと憲法」 2013.7.7

記事公開日:2013.7.7取材地: テキスト動画
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(IWJテキストスタッフ・久保元)

 2013年7月7日(日)14時、大阪府堺市の堺市総合福祉会館において、社会運動家・NPO法人自立生活サポートセンター・もやい理事の湯浅誠氏による「“生きる”むずかしさと憲法」と題する講演会が開かれた。

 この講演会は、市民団体「非戦の市民講座」が、第14回目の学習講座として実施したもので、湯浅氏は会場に詰め掛けた300名を超す聴講者を前に、生活と憲法の関わりについて持論を述べた。特に、現在直面している低投票率や改憲危機について、直接的な批判はしなかったものの、社会運動にありがちな、「仲間うちに固まる傾向」に対して、言葉を選びつつ改善を促した。

■全編動画(13:55~ 2時間42分)

もうひとつの「シュウカツ」

 湯浅氏は、就職活動を意味する言葉として一般的になった「就活」という言葉に対して、「もう一つの『シュウカツ』がある」と述べ、終末期の人生や遺言、がん告知などについて真剣に考える「終活」という言葉が少しずつ普及しはじめていることを紹介した。また、いまの日本社会について、「受験、就活、婚活(結婚活動)、そして終活と、人生を休む時間もなく、常に『活動』し続けなければならない社会だ」と述べた。その上で、これらの「活動」を含めた、人々の活動の総括として「生活」があるとし、「生活とは、生きるための活動。もともとは、特別に頑張らなくても大丈夫なはずだったが、ここ十数年で、その基盤が崩れてきた」と語った。

「いっそ戦争が起きればいいのに」

 湯浅氏は、「幸福追求権」などを規定した憲法13条や、「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」と規定した25条の「生存権」を紹介したほか、戦争放棄を規定した憲法9条と25条との関係性についても言及した。この中で湯浅氏は、「これまでは、戦争が起こると平和な日常が壊される、という理屈で、どちらかといえば25条よりも9条が重視されてきた」と述べた。

 その上で、かつて、「論座」という月刊誌に載った「希望は戦争」という論文を紹介した。これは、当時31歳のフリーアルバイターの若者が、日本の未来や将来の生活を悲観し、「いっそ戦争が起きればいいのに」という主旨の論文を寄稿したもので、湯浅氏は、大きな論議を呼んだこの論文について、「これは、『戦争が起きてほしい』という願いではなく、『この苦しい状況を変えることを、みんなで真剣に考えてほしい』と訴えたかったのだろうと解釈できる」とした。

 そして、「生活が壊れていき、平穏な暮らしが、もう自分にはないと思う人が増えると、『戦争が起こると、平和な暮らしがなくなるが、それでもいいのか』という問い掛けは、効果が薄れてくる」と語った。さらに、「従来は、『9条が壊れると25条も壊れる』と言われてきたが、『25条が壊れると9条も壊れる』ということも、考えておく必要がある」と続けた。

隣に人がいなくなる社会

 格差社会について、湯浅氏は、「隣に人がいなくなる社会」と形容した。これは、実際に周囲に人がいなくなるということではなく、「常に、自分よりも『できる人』と『できない人』とか、自分より『上の人間』と『下の人間』とに分類されるという感じ」と説明した。また、「例えば、職場では、自分より『使える奴』と『使えない奴』というように、みんなが『縦』に並んでいって、自分の隣(横)には人がいない状態」とし、それが蔓延している状態を「格差拡大社会」と表現した。さらに、これによって、「この社会は、常に引き離されたり、引きずり下ろされたり、誰にとっても上がいるし、誰にとっても下がいるという、間に挟まれた状態が続くので、ストレスを抱えて健康を害する人が増えている」と語った。そして、その結果として、個人も企業も自己防衛に走り、消費を控えて貯金を溜め込んだり、企業が内部留保を溜め込んだりして、「社会が萎縮していく」とした。

バクチ的な発想が蔓延

 湯浅氏は、自己責任論についても言及した。人々は、「自分で自分を守りながら生活している」とした上で、病気や倒産などで、生活が立ちゆかなくなった人に対して、「自分で自分を守ってこなかったのだから、そんな奴の面倒は見るべきじゃない、という話になっている」と語った。

 その上で、湯浅氏は、2008年にアメリカの機関が実施した、世界47ヶ国を対象とした意識調査を紹介した。この調査では、「政府には、自力で生活ができない人のケアをする責任があると思うか」という質問に対し、「思わない」と答えた人の確率が、イギリスやインドをはじめ、ほとんどの国が10%程度で、自己責任意識が高いとされるフランスで17%、アメリカでさえも28%だった。これに対して、日本は38%とダントツの世界第1位だったことを紹介し、「日本の常識が、世界の常識ではないことを思い知らされた」と語った。

 また、この結果について、「日本は、自分で何とかしなきゃ、と思っている人が多い国だ」と分析し、「他人にも自己責任を要求する国だ」とした。さらに、湯浅氏自身が、長年にわたって生活保護相談に携わってきた経験として、「生活ができなくなったのは、『全て自分が悪い』と落ち込んでいる人が非常に多い」とし、この状態を、「自己責任論の内面化」と表現した。そして、生活の不安定さに追い詰められる中で、「誰かになんとか一発逆転をやってもらいたい」といった発想に陥るとし、「戦争や異次元の金融緩和、カジノなど、世の中にとにかくバクチ的な発想が蔓延してくる」とした。

仲間うちの会話だけで終わっていないか

 湯浅氏は、「雇用者所得が、この10年で、30代の働き盛りの人たちで70万円下がった」「平均世帯年収が120万円下がった」「給与総支給額は207兆円から192兆円に減った」「2002年から2007年は戦後最高・最強の好景気だったのに、正社員の収入は微減した」など、社会を取り巻く厳しい現実を示すデータを、複数提示した。その上で、「この問題意識を、周囲にどう伝えるかが非常に大切だ」と述べた。そして、「例えば、憲法問題を考える集会に来る人は、もともと問題意識の高い人。仲間うちで声を掛け合っているだけではパイは増えない」と続けた。

 また、前回の衆議院選挙は、福島第一原発事故が起こってから最初の国政選挙だったにもかかわらず、投票率は59%と戦後最低を記録したことについて、「人類史に残る大事故にもかかわらず、戦後最低の投票率。いったいどうなってるんだと思った」と述べた上で、「自分が投票に行くこと以外に、何ができるのだろうかと考えた」と語った。

 湯浅氏は、「投票に行くつもりの全ての有権者が、周囲の人を1人でもいいので選挙に連れて行けば、投票率は2倍になる」とし、「投票率の低さを嘆かわしいと言ったり、投票に行かない人を悪く言ったりするのではだめ。世の中を変えるということは、自分自身が、周りの人たちを変えることができるか、きちんと話ができるかということだ」と説いた。

 さらに、「仲間うちの会話だけで終わっていないか」と繰り返し問題を投げかけ、「意見の違う人と対話した結果、意見が合わないからと対話を中止してしまえば、最後は、『機械的多数決』で決めるしかなくなる」とし、『その際に少数派の意見はごっそり切り捨てられる。機械的多数決は、最悪の選択肢だ』と続けた。また、「これは、国際関係にも当てはまる。領土問題で対話をやめれば、行き着くところは戦争になる」と述べた上で、「戦争回避のため、政府や首相に『対話をせよ』というのは、自分自身にも当てはまることだ」と問題を提起した。

 そして、「このことは、民主主義って何だろう、ということにも関わってくる」と述べ、「仮に賛成6割、反対4割の場合でも、4割が切り捨てられる。だから、話し合いで納得できる部分をなるべく多くしていくのが民主主義だ」と語った。その上で、「これは面倒くさいことだ。仲間うちでうなずきあっているほうが楽だ。だが、その面倒くささを引き受けられるかが、民主主義では問われている」とし、「その面倒くささを引き受けられないのなら、王政や貴族政治でいいのかという話になる。それでいいのか」と問いかけた。

全人格が問われている

 湯浅氏は、「投票に行かない人に、投票に行く気になってもらえるかは、自分の全人格が問われていると思う」と述べた。また、「これは、生活相談にも似ている。相手の個別の事情に対応せず、通りいっぺんのアドバイスの仕方だったら、その相談者は二度と来ない。言い換えると、こちら側のストライクゾーンの狭さが問題だ」とした。さらに、「最近の若い奴はコミュニケーション能力がない、と言っている中高年は、自分自身で『コミュニケーション能力がない』と宣言しているものと受け取られる」と指摘した。

 講演の終盤、湯浅氏は、「『自分は生活できている。それは生活できていない人の問題』と突き放してみても、問題は解決しない。それらは自分の課題でもあると考え、自分も含めて社会をどう良くしていくか考えるべきだ」と述べた上で、「そのような考え方を持つことにより、自分と同じ意見の人にはだんだん関心を持たなくなってくるし、一方で、自分とは異なる意見の人に、自分自身の意見を伝える訓練ができる」と語り、意見の合うもの同士だけが固まり、周囲への理解訴求がおろそかになりがちな社会運動に対し、直接的な非難をしない遠まわしな表現ながらも、改善を求めた。

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