1週間に起こった出来事の中から、IWJが取材したニュースをまとめて紹介する「IWJウィークリー」。ここでは、6月26日に発行した【IWJウィークリー8号】から「岩上安身のニュースのトリセツ」前半部分を公開します。
(文責・岩上安身)
1週間に起こった出来事の中から、IWJが取材したニュースをまとめて紹介する「IWJウィークリー」。ここでは、6月26日に発行した【IWJウィークリー8号】から「岩上安身のニュースのトリセツ」前半部分を公開します。
国家を人間にたとえたら、政府は脳に相当するはずですが、今の日本政府を見ていると、脳の中枢が日々統御不能になって、まったく合理性のない決断を下し、理解しがたいバラバラの行動に踏み出しているように思えてなりません。認知機能に重篤な障害が生じているのではないか。事はかなり深刻です。
6月19日、原子力規制委員会(以下、規制委)は、原発の廃炉と再稼働を選別する「新規制基準」を正式に決定しました。規制委の田中俊一委員長は「福島第一原発事故をふまえ、重大事故や津波や航空機テロなどへの安全対策を大幅に強化した」と強調し、「世界一厳しい基準ができた」と語りました。
しかし、安全性や様々なリスク、基準決定に至るプロセスをみると、とても「厳しい基準」とは思えません。1700ページにも及ぶ新規制基準の全文はまだ公開されていませんが、骨子には以下のようなポイントが盛り込まれています。
・フィルター付きベントの設置
・事故時に原子炉を冷却するための、電源車や消防車を配備
・免震機能を持つ緊急時制御室の設置
・最大級の津波を想定
・浸水を防ぐための防潮堤や水密扉の設置
・航空機テロ対策として緊急時制御室を設置
・活断層の真上に原子炉建屋などの設置禁止
・サイバーテロ対策、など
この骨子をみると確かに、「福島第一原発事故を教訓に安全性を強化した」と言えるもののように思えます。しかし、その細部に目を向けると、様々な問題点が浮かび上がってきます。
新規制基準では、中央制御室が破壊されても、原子炉の冷却を遠隔で操作できる「緊急時制御室」の設置を義務付けているのですが、その設置までには5年の猶予期間を認めています。「緊急時制御室」のような大規模な施設の設置には時間がかかります。そうした「電力会社の事情」に配慮した「甘い基準」になっているのです。
また、原発の寿命(廃炉までの稼働期間)を40年に制限したものの、機器の検査を厳格化した「特別点検」を実施すれば、一回に限り最大20年間の延長を認める例外が盛り込まれています。
こうした、欠陥だらけの新規制基準に対して、市民からの抗議の声は日に日に強まっています。「原子力規制を監視する市民の会」(以下、市民の会)は、6月19日、この基準に対する抗議声明を発表しました。
市民の会は抗議声明で、そもそも新規制基準の決定プロセスそのものに問題があると指摘しています。新規制基準の検討チームには、原発に対して慎重な意見をもつ専門家は加わっておらず、意見は電力会社から聞くだけで、立地地域住民や、福島原発事故の被災者の意見を聞くことをしなかったのです。
多くの点が批判の的となっている新規制基準ですが、驚くべきことに、規制委はその基準すら満たしていない大飯原発に対し、「稼働継続は可能」との判断を下しました。
現在稼働中の大飯原発は、新規制基準の定める「緊急時制御室」は未設置であり、「防潮堤」についても設置完了は2014年3月予定で、新基準が施行される今年の7月には間に合いません。
関電は当初、「緊急時制御室」について「3・4号機の会議室で代用できる」と提案しましたが、規制委は「非現実的だ」として抵抗。しかし、再度関電が別の代用施設を提案すると、あっさり受け入れてしまいました。「防潮堤」についても、「想定される津波よりも敷地の方が高い」とする関電側の主張を呑むかたちで、問題は先送りとなってしまいました。
さらに、新規制基準の定める「活断層の真上に原子炉建屋などの設置禁止」という項目については、大飯原発直下を走る破砕帯と言われる地層が「活断層ではないか」と疑われていたにも関わらず、今回の「稼働継続」判断の際、俎上にすらのぼりませんでした。この問題は重大かつ深刻です。
IWJは、規制委と有識者による破砕帯の現地調査に同行取材し、その評価会合もすべて中継し続けていますが、これまでずっと「活断層」か「地滑り」かで、意見が割れていることをお伝えしてきました。意見が割れている、とはいっても、調査メンバーの誰一人として、活断層の可能性を否定はできませんでした。
破砕帯の調査メンバーとして現地調査に加わった渡辺満久東洋大学教授は、私のインタビューに対し、「海側から山側に地滑りが起こるとは考えられない。だから私は素直に活断層と認めた」とはっきり語りました。
規制委も、当初は「活断層の疑いが濃厚」という姿勢を示していたのです。しかし、今回、規制委は「稼働継続は可能」とする報告書に、「破砕帯が地滑りなのか活断層なのか、識者の間で見解が分かれ、結論がすぐに得られないから」などという理由で、破砕帯調査の評価を盛り込みませんでした。その結果、「活断層ではない」と主張する関電に押し切られてしまい、危険性があるにもかかわらず、再稼働を止めることはできなかったのです。
本来は、活断層かどうか疑わしい「グレー」の場合は、いったん原発を稼働停止させ、他の破砕帯との連動性も調べるなど、詳細な調査を行う必要があります。それを確かめることなく、「シロかクロかわからないから」という理由で稼働させるというのは、論外です。
6月20日に行われた評価会合で規制委は、「ただちに安全上重大な問題が生じるものではない」とする現状評価書を読み上げました。これに対し、傍聴席からは「破砕帯調査はどうなっているのか」と厳しい声が上がりました。
新規制基準が施行される7月8日にあわせて、電力会社からは、堰を切ったように停止中の原発の再稼働申請が出される見通しとなっています。
早期申請が見込まれるのは、北海道の北海道電力泊原発1~3号機、福井県の関西電力高浜3・4号機、大飯3・4号機、愛媛県の四国電力伊方3号機、佐賀県の九州電力玄海3・4号機、鹿児島県の川内1・2号機の、計12基です。
このうち、北海道の泊原発は、防潮堤が2014年12月まで完成しないなど、安全面での懸念点が指摘されています。しかし今回、大飯原発が「新基準を満たしていなくても稼働は許可される」という悪しき前例となってしまったことで、代用施設で基準をクリアしようとする申請が相次ぐでしょう。
新規制基準の問題点として、もう一つ重大なポイントがあります。それは原発の「戦争リスク」です。
規制委は航空機テロやサイバーテロを考慮するばかりで、もし万が一他国と戦争に陥ってしまった場合のリスクを、誰も何も考えていないのです。米軍と自衛隊が、3.11以降に行なった「日米合同軍事演習シミュレーション・ヤマサクラ」によれば、北朝鮮や中国と戦争になった場合、原発が集中する若狭湾から敵軍が上陸し、これを阻止するため、水際で激しい攻防戦を展開することが想定されているのです。
【ヤマサクラ敵軍侵攻想定図】
戦闘状態になった場合、現状では若狭湾の「原発銀座」をそのままにしておきながら、上陸しようとする「敵軍」も、迎え撃つ日本の自衛隊と米軍も、砲弾を雨あられと撃つことになるでしょう。敵味方入り乱れて、陸から、海から、空から撃ち込まれる砲弾や爆弾が、いずれも原発施設を行儀よくよけて着弾する、などと誰が保証できるのでしょうか。
こうした「戦争リスク」について、規制委は「我々の範疇ではない」と言っています。原発を再稼働し、維持し続けるというのに、万が一戦争に突入したときに、どうするか、という想定がまったくなされていないのです。
他方、防衛省も米軍も無責任きわまりない。この日米合同演習でも原発の被害、その影響について一切言及していません。まるで、この国に核施設など存在しないかのように、軍事作戦計画が練られ、演習が行われているのです。
原発の専門家である規制委や事業者や経営者らは、「戦争リスク」について何も考えず、軍事の専門家は原発について何も考えない。それらのリスクはまるで別々の世界に存在しているかのようです。究極の無責任が大手を振って歩いています。
そのうえ、自民党の国防部会は、北朝鮮のミサイルの脅威に対抗するために、防衛大綱の中に「敵基地への先制攻撃論を入れろ」と言っています。
ミサイル防衛網などでは、北朝鮮のミサイルは到底防ぎえない。これは現実です。ほとんど何の役にも立ちません。そうであれば、やられる前に先にやってしまえ、敵基地に対して先制攻撃を行おう、というのです。
こうなると早く先にミサイルを撃った方が圧倒的に有利になるわけですから、当然、日本側も北朝鮮側も、互いに先制攻撃への誘惑が高まります。こうして開戦のリスクをかつてないほど高めておきながら、原発は維持するというのですから、こんな馬鹿げたことはありません。まるで、核爆弾による自殺装置を身につけたまま戦争に突入しようとしているようなものです。
政府はこうしたリスクに目をつむりながら、なぜ原発を安全だと言い切れるのでしょうか。無責任、というレベルを超えて、日本政府は、原発は原発、戦争は戦争、としか認知できない、認知上の障害を負っているのではないかと思えてくるのです。