またもや大阪維新は、大阪都構想を持ち出してきた。2015年10月10日(土)、大阪市内の「大阪維新の会」本部で行われた大阪府知事・大阪市長ダブル選挙の公約発表記者会見でのことだ。
11月22日投開票の同選挙において、市長選に立候補を予定している吉村洋文前衆議院議員は、再選を目指す松井一郎府知事とともに会見に臨み、「我々のどちらかが選ばれなければ、大阪都構想の議論は終了してしまう。これは絶対に避けたい」と語気を強めた。
いやいや待ってもらいたい。約5ヵ月前に行われた住民投票で都構想はきっぱりと否決されている。しかもその時、橋下徹市長は「今回がラストチャンス」と訴えていたはずだ。「ラスト」の後になぜ「もう一回」となるのか。
大阪維新の言い分はこうだ。
「(今回の都構想は)前回と同じものではない」(松井氏)。
「修正されたよりよい都構想」(吉村氏)。
本当だろうか?
今回の記者会見では、「都構想のリベンジマッチ」以外の公約も発表された。それがもう、メニューだけでお腹いっぱいになりそうな代物だ。
まずは大阪の「副首都」化。そして東京-大阪間のリニア新幹線開業、北陸新幹線の大阪延伸など。どれも大阪府や大阪市が自前でできる政策ではない。そんなものを「公約」といわれても、途方に暮れる。
これらを実現するために、国との交渉役を担う「実行組織」として、自民党の提案から生まれた「大阪戦略調整会議(通称:大阪会議)」(大阪府、大阪市、堺市の3首長・3議会で構成)と、大阪都構想の「どちらがふさわしいか」、その議論を続けるのか、闇に葬るのかが、一つの争点だと言い出した。
「大阪戦争勃発!」という夕刊タブロイド紙の見出しが脳裏に浮かぶ。プロレスや暴力団の分裂抗争のような見出しは、確かに通勤帰りのサラリーマンの目をひくかもしれないが、肝心の「都構想」以外の公約は、いったいどのようなものなのか。首をひねり、眉につばつけて、発表に耳を傾けた。
- 出席 松井一郎氏(大阪維新の会幹事長、大阪府知事)/浅田均氏(大阪維新の会政調会長、大阪府議会議員)/吉村洋文氏(前衆議院議員、大阪市長選立候補予定者)
- タイトル 「W選挙マニフェスト発表記者会見」
- 日時 2015年10月10日(土)15:00〜17:00
- 場所 大阪維新の会本部(大阪市中央区)
最初から壮大なブーメラン!「税金のムダ遣いを見直す」って、どの口が言う
松井知事が殊勝な態度で「行政を執行する財源は府民、市民の皆さんの貴重な税金」と言えば、吉村氏も「増税や借金に頼るのではなく、改革によって財源を生み出す」と呼応した。
大阪維新は都構想で「二重行政のムダをなくす」「税金のムダ遣いをなくす」と繰り返してきた。「橋下改革を引き継ぐ」吉村氏は、「これまでも年間100億円以上」を生み出してきた市職員の給与カット、市長の退職金ゼロと報酬カットを行うと説明した。
しかし、朝日新聞の2015年9月29日付の記事によると、都構想の賛否を問うた前回の住民投票の際には、パンフレット作成や住民説明会開催費を含めて、8億円以上の税金が投入されたという。
さらに、同紙の記事によると、都構想の制度設計に携わった府・市職員の人件費は23億5千万円(!)にも上ったという。が、市民はこれほどまでの費用がかかっていてもなお、都構想に「NO!」を突きつけたのだ。かかった費用は、もとはといえば税金である。これだけのコストを払いながら、都構想は否定された。
にもかかわらず、「都構想をもう一回」と言い出す人間が「税金のムダ遣いをなくす」などと言う。「それ、あんたが言うんか」と、総ツッコミが入りそうだ。
松井知事と吉村氏のアタマに特大のブーメランがささっているように見える。
ご都合主義の「民意を問う」
住民投票で示された民意は無視する一方で、議会で否決された議案については「選挙で民意を問う」と主張する。府と市の機関が並存する研究所、高度医療を行う病院経営、港湾運営などだ。松井知事は「民意が示されれば、議会でも理解いただけるだろう」と話す。
シングルイシューで賛否を問うた議会や住民投票で否決されても、今回のダブル選挙でさまざまな公約と抱き合わせで提案し、あわよく当選すれば、すべてについて「信を得た」と強弁するつもりらしい。
「教育の内容には口を出さない」と言いながら、堂々と政治介入を推進
教育行政への介入意欲も旺盛だ。教育の中立性の観点から問題はないのかと記者から問われ、松井氏は「教育の内容には口を出していない」と否定したが、 ごまかしに過ぎない。
大阪維新の会は、市議団が2011年に教科書採択に関する要望書を市教育委員会に提出した。橋下市政・松井府政下の2012年には府と市で相次いで教育行政基本条例を制定し、知事と市長による教育への政治介入を可能にした。
市教委が2016年度から市立中学校で歴史と公民に、右傾化した内容が全国で問題となっている育鵬社の教科書の使用を決めたのは、こうした動きを受けてのことだ。
会見中、松井知事の「(府の)教育基本条例により、直接、僕が選べる教育長をつくりまして、旧来型の教育委員会制度とは変えていっています。それをもっと権限強化をしていきたい」という発言からも、教育に口出しする意欲満々なのが分かる。
大阪維新では「前に進め」ない
大阪維新が今回のダブル選挙に掲げる標語は、「過去に戻すか。前に進めるか」。松井知事は、「府市一体の改革を先に進めるのか、『府市合わせ(不幸せ)』と揶揄された過去に戻るのか」と説明した。
吉村氏も、「反維新」を旗印に共産党が支援を表明している自民党大阪市議団幹事長、柳本顕氏陣営(市長選出馬予定)について、「政治理念ではなく、かつてのような談合・野合政治に戻るのか」と問いかけた。
しかし、賛否が決したはずの都構想を大阪維新が選挙公約に潜り込ませ、復活をもくろむ事態は、5ヵ月前の住民投票以前への後戻りだ。教育への政治介入にいたっては、はるか後方、戦前回帰にほかならない。進行方向はすべて後ろ向き。大阪維新が運転する車は、「前へ進む」といいながら、ギアがバックに入っている。
以下、松井氏、吉村氏の発言要旨を掲載する。極彩色で、彼らなりの「バラ色の未来図」を描いている公約である。そのままお伝えする。
「府市合わせ(不幸せ)には逆戻りしない」松井一郎府知事【要旨】
この4年間、松井府政と橋下市政で連携・協調してやってきた。府市一体の改革を先に進めるのか、それとも「府市合わせ(不幸せ)」と揶揄された過去に戻るのかを、有権者の皆さんにご判断いただきたい。
広域の政策としては、東京と並ぶ二極を目指し、副首都をつくっていく。大阪消防庁を設立し、ハイパーレスキュー隊をつくる。府立大学と市立大学の統合のほか、今般の議会で否決されたが、医師の負担減と経費抑制のため三次医療機能を持つ病院の経営も統合する。統合型リゾート(IR)を誘致して国際エンターテインメント都市を実現し、海外からの旅行客をさらに増やす。
これらの改革を確実に実現できるシステム、手段が大阪都構想だ。
人口減少、超高齢化社会において、二重行政を続けていく財源的な余裕はない。大阪会議の話し合いではまったく解決できないことがはっきりした。選挙によって民意が示されれば、大阪都構想の完成以前でも取り組んでいく。
大阪府、大阪市ともに行政を執行する予算・財源は府民、市民の皆さんの貴重な税金であり、早期に税の無駄遣いを見直していく。
「橋下市政を継続しつつ、反対派とも合意形成を図る」吉村洋文氏【要旨】
基本的な政策理念については、橋下市政をしっかりと継続していきたい。ただし、対立候補を煽るなど批判されてきた点は改め、反対意見を持つ皆さんとしっかりと協議し、合意形成を図る。
市長の退職金ゼロと報酬カット、橋下市政で年間100億円以上を捻出してきた職員の給与カットを継続し、市民サービスの充実を図る。
地下鉄、バス、水道の経営など民間でできることは民間で進め、ごみ処理事業や市営住宅にも民間活力を導入する。港湾、研究所、病院、大学、消防事業は府市統合し、シナジー(相乗効果)を発揮できる体制にする。
中学校卒業までの子供医療費助成を18歳または高校卒業までに拡充する。妊婦・出産支援、待機児童対策、多子世帯の給食の無償化、子供の経済困窮対策チーム設置を行う。
平成29年度までに特別養護老人ホームの待機者ゼロを目指す。自立している高齢者も含めた一律のバラマキは止める。22年ぶりに生活保護費が減額されたが、不正受給対策も徹底的に行う。
子供の通学路などへの防犯カメラの増設、公立中学校の給食や学校図書、ICT(情報通信技術)、中学生対象の塾代助成バウチャーの充実を図る。
2008年。大阪府知事選への出馬は「2万パーセントない」と否定して始まった、橋下徹氏の政治人生。大阪市民の民意で大阪都構想が否決され、橋下徹氏は「政界引退」を宣言した。
お笑いのマチ「大阪」だからといって、笑ってすませられる事態ではない。悪夢のウソつき「橋下劇場」が完全に幕を下ろすまで、油断することなく、監視するほかない。