2013年6月24日(月)18時より、北海道札幌市の、かでる2・7で、第56回日弁連人権擁護大会プレシンポジウム「なぜ、今『国防軍』なのか 激論!孫崎享×水島朝穂」が開かれた。
孫崎享(まごさき うける)氏は、史実を元に、外交官時代の経験も交え、今まで隠されてきた日本の政治へのアメリカの執拗な介入を明らかにした。水島朝穂氏はユーモアをふんだんに交えながら、自民党の憲法改正案を「これは改憲ではない。新憲法の発布だ」とし、その危険性と欠点を、海外の事例を挙げて指摘した。後半の討論会では、両者はさらに奥深い外交の裏側と、新憲法の矛盾を解き明かしていった。
- 講演者
孫崎享氏(評論家、元外交官)、水島朝穂氏(早稲田大学法学学術院教授)
- 日時 2013年6月24日(月)
- 場所 かでる2・7(北海道札幌市)
- 主催 北海道弁護士会(詳細)
札幌弁護士会会長の中村隆氏が開会の挨拶に立ち、今年10月に広島市で開催される、第56回日弁連人権擁護大会について説明。「安倍首相は、96条発議要件の緩和を推し進めているが、憲法改正問題などの正確な情報がない。ゆえに、この会を開催した」と、今回のプレシンポジウムの趣旨を述べた。
まず、孫崎享氏が登壇し、「日本の安全保障を考える軍事的手段、平和的手段」と題して、国際情勢から見た憲法問題を紐解いた。「1996年、オサマ・ビンラディンが『アメリカと戦争をする』と言った。1990年から始まった湾岸戦争の時、米軍が聖地メッカのあるサウジアラビアに居残ったことだけが、その理由だ。よく言われる、イスラム教社会 vs キリスト教社会の対立の構図とは違う。つまり、多くの紛争には平和的解決があるが、それをないがしろにするから、戦争になる」と話し、自民党改憲案における国防軍の創設理由のひとつになった、尖閣諸島の棚上げ問題を解説した。
孫崎氏は「尖閣諸島については、管轄権を日本に任せることで、日中双方が棚上げに合意していた。それが続けば、日本に有利な既成事実ができたのだ。ところが、日本側から問題を蒸し返し、棚上げを言う人間を国賊と非難する。一体この国はどうなっているのか」と憤った。続けて、「かつて、東アジア共同体構想を掲げた鳩山由紀夫元首相は、その座を追われてしまった。もし、鳩山政権が続いていたなら、原発再稼働も尖閣問題も起きず、TPPにも参加せず、消費税の増税もないだろう。今、鳩山氏の望んだ逆方向に進んでいる。なぜ、そうなったのか。そして、なぜ、憲法を改正しようとするのか。集団的自衛権とは、日本が海外へ先制攻撃をできるようにするものだ。日本を守るためではなく、アメリカを守るために憲法を改正し、自衛隊を国防軍にするつもりではないか」との見解を述べた。
次に、水島朝穂氏が「なぜ今『国防軍』なのか。憲法の視点から解く」と題して、現行憲法下における、国際紛争の解決方法について講演した。水島氏は、まず、憲法施行3年後に設置された警察予備隊の話から、自衛隊ができるまでを解説。そして、安倍首相の掲げる96条先行改正問題に切り込んだ。
「安倍首相は、おそらく日本維新の会の橋下徹氏の協力で、憲法96条改正を『国会議員の過半数の賛成で』とぶち上げた。しかし、橋下氏が慰安婦発言などで失速すると、ポーランド外遊中に『憲法9条、人権、国民主権などを改憲する時は、国会議員の3分の2の賛成でいい』と発言した。一見、譲歩したかに見えるが、そもそも改憲の項目を限定することがおかしい。96条『先行』改正のプランが行き詰まり、ご都合主義でこういう形に変えた。私は、これを96条『潜行』改正と呼ぶ」。
「諸外国の憲法では、国民主権などは基本的には変えてはいけないものだ。安倍首相は将来、国民主権から君主主権に変えるつもりだろうが、現行憲法では君主主権への逆行を禁止している。また、自民党が、9条1項2項を改正するのは憲法違反。つまり、これは改憲ではない。新憲法の制定だ。誰が制定権者か。もしかしたら、アメリカかもしれない」と説明した。
水島氏は、イラクへの自衛隊派遣で1人の自衛官も亡くならずにすんだ理由を話し、続けて、自衛隊をサンダーバード国際救助隊に例えたポスターの話、33歳のとき出版した共著で、故久田栄正北海道教育大学名誉教授の悲惨な戦争体験を描いた『戦争とたたかう―一憲法学者のルソン島戦場体験』について語った。また、戦前に逆行するような、日本維新の会綱領の第一項「日本を孤立と軽蔑の対象に貶め、絶対平和という非現実的な共同幻想を押し付けた元凶である占領憲法を大幅に改正し、国家、民族を真の自立に導き、国家を蘇生させる。」を紹介し、国防軍創設反対を説いた。
後半の討論会は、孫崎氏、水島氏、コーディネーター役で札幌弁護士会の佐藤博文弁護士が登壇した。まず、佐藤氏が、防衛省と外務省との軋轢について尋ねた。孫崎氏は「防衛省もずいぶん変わった。イケイケドンドンだ。アメリカ寄りの人間が主流になっている。外務省も然り。かつては、1994年に防衛問題懇談会(樋口廣太郎座長)が、日本の安全保障と防衛力のあり方を問う樋口レポートを出した。アメリカはその内容に驚き、それを阻止しようと画策した」などと語った。
水島氏は「1993年の細川政権が、ターニングポイント。1991年の湾岸戦争の掃海艇から始まり、PKO法案、周辺事態法、テロ特措法など、武力行使のせめぎ合いが続いている」とした。孫崎氏は「アメリカは、イラク戦争に関して、最終的に大量破壊兵器やアルカイダとの結びつきはないと報告、総括した。この時、開戦に関わった幹部たちは主流からはずされた。ところが、日本では、逆に元東大教授だった北岡伸一氏、田中昭彦氏などが出世した。とにかく、日本は独自に動くと絶対に潰される。鳩山由紀夫氏の事例は、日本がどうやって潰されるか、という研究によい」と述べた。
水島氏も「小沢一郎氏は『在日米軍は第7艦隊だけでいい』のひと言で消された。鳩山氏は、東アジア共同体論、沖縄の米軍県外移転で失脚させられた。沖縄県民は、鳩山氏を決して悪く思っていない。政治力学は利権がらみが常にある。鈴木宗男氏も、ロシアの関係で潰された。本当に尖閣は危機なのか。自民党の憲法調査会の議員は、改憲案9条の3項にある『国民と協力して、領土、領海及び領空を保全し』の意味を、国民に尖閣諸島に住んでもらって、中国が来たら通報してもらうことだ、と言っている」と語った。
孫崎氏は「1956年の日ソ講和条約の時、重光葵氏が北方領土について『日本の取り分は、歯舞、色丹だけでいい』と米ダレス国務長官に言ったら、『そんなことをしたら、沖縄は返さない』と恫喝された。領土問題は残しておけ、という政治的な指示だ。しかし、ドイツはソ連との領土問題をきれいに解決した。今のロシアのプーチン大統領だったら、北方領土4島のうち2島を返還できる。(歯舞、色丹を返してもらい)国後、択捉は継続審議を進めればいい」と話した。
最後に水島氏は「最近の自民党の法律は、他の論文からのコピペばかり。新憲法も、コピペばかりだ」と指摘し、「憲法が、私たちを選ぶのではない。政治家は、私たちを縛るものではない。イエスかノーか迷ったら、立ち止まって冷静に考えるべきだ」と締めくくった。