「春先には国家戦略特区が動き出す。そこでは、いかなる既得権益といえども、私の『ドリル』から無傷でいられない」―。
東京都知事選の告示日前日(1月22日)、安倍総理はスイスで開かれた「ダボス会議」で演説し、「岩盤規制」を打ち破ると世界に向けて宣言した。1月30日に官邸で行われた「国家戦略特区 諮問会議」でも、安倍総理は「国家戦略特区は、安倍政権の成長戦略の要となる規制改革の突破口」と語り、「向こう2年間、国家戦略特区では、岩盤規制といえども、私の『ドリル』から無傷ではいられません」と繰り返し強調した。
安倍政権が何としてでも推進しようとしているこの「国家戦略特区」は、2月9日に投開票日が迫った都知事選の最重要テーマの一つである。政府は3月に特区の具体的地域を決定することを目指しており、既に国から「ヘッドクォーター特区」の指定を受けて規制緩和を進めている東京都が、最有力候補だからだ。
「国家戦略特区」は安倍総理を議長とし、小泉構造改革で弱者切り捨ての規制緩和を推し進めた竹中平蔵氏などがメンバーに名を連ねる「諮問会議」で基本方針案が策定される。方針案は2月中にも閣議決定され、その後、特区に指定された地方の長、特区担当大臣、民間業者の三者が参加する「区域会議」が地方ごとに設置され、そこで具体的な規制緩和の内容が定められる。
この区域会議は「三者全員の合意」を原則としているため、地方の長には「拒否権」が与えられる。しかし反対したからといって、その計画がご破算になることはなく、「全員が合意するまで議論が続けられる」というものだ。つまり、地方の長は「政府の決定した基本方針」に「合意」するか「反対」するかしかできない。
ネット上では、「国家戦略特区を活用し、東京独自の、例えば『電力自由化特区』を都知事の権限で作ればいい」という意見もあがっているが、実際は、政府が定めた内容の範囲外で新たに独自の「特区」を作る権限は、都知事にはない。
つまり、都知事は国家戦略特区に対して「是」とするか、「非」とするかのほぼ二者択一の選択を迫られる。そして都知事のこの選択によって、東京都でどのような規制緩和が行われるかが、ほぼ決定付けられる。
「国家戦略特区」のドリルで打ち砕かれるのは国民の「富」と「生活」
そもそも国家戦略特区とは、「世界で一番ビジネスのしやすい環境を創出する」という名の下に、大企業、主に米国を中心とした多国籍企業にとって利潤追求の妨げとなる「邪魔な規制」を取り払うものだ。この「邪魔な規制」とは、労働者の権利を守るための雇用ルールや、国民の命や健康を守るための様々な規制が含まれる。安倍総理が言うところの「岩盤規制」である。
「多国籍企業優先の規制緩和」は、現在交渉が難航しているTPPの理念そのものだ。TPPのモデルケースと言われる米韓FTAで韓国でも、先に特区が作られ、様々な企業優先の規制緩和が行われ、やがて特区に合わせるように60以上の国内法を変えさせられた。つまり特区とは、TPP上陸のための地ならしであり、自らTPPを先取りして内国化してしまうものなのである。
「国家戦略特区法案」は昨年末の12月7日未明、秘密保護法反対が叫ばれていた、その裏側で、ひっそりと成立した。その具体的な中身を見ると、医療、労働、教育、農業など様々な分野で、徹底的な規制緩和が盛り込まれている。
解雇も残業代なしの長時間労働もしやすくする、いわゆる「首切り特区」「解雇特区」は昨年の臨時国会で、強い批判を受けて見送られた。しかし法案には、昨年4月1日に改正されたばかりの、労働契約法の「5年以上の有期雇用契約をしたら、期間の定めのない無期雇用契約、正規雇用に転換できる」という内容の、「見直し」が盛り込まれている。
1月30日に行われた「諮問会議」では、竹中平蔵氏ら有識者議員から「岩盤規制について」という資料が提出された。そこには今後「直ちに対象とすべき改革事項」として、「混合診療の解禁」「有期雇用規制の見直し」「労働時間規制の見直し 」「外国人の活用」「公立学校の民営化(株式会社の学校経営への参入)」など様々な分野での規制緩和が提案されている。教育や医療制度のような、本来利益を追求してはならない公共政策の分野に、「利潤追求最優先」の企業が大挙して参入してくるのだ。
「混合診療解禁」と「学校民営化」はすでに決定事項!?
この特区構想の基本方針には、「2015 年度末までの『2年間』を集中取組期間として、『岩盤規制』全般について速やかに具体的な検討を行い、突破口を開く」とある。2年間という拙速なスケジュールではあるものの、「まだ2年あるのだから、内容を無効化したり覆すことは可能ではないか」という意見もあるだろう。しかし、事はそう悠長に構えてもいられない。
実は、諮問会議で竹中氏が提案した様々な規制緩和の一部は、もう既に「国家戦略特区」に規定事項として組み込まれているのだ。
これについて、IWJは特区の担当である内閣官房の「地域活性化統合事務局」に直接取材を行った。
IWJ「安倍総理が2年以内に突破するとしている『岩盤規制』のなかで、もう既に決まっているのは何があるのでしょうか?」
担当者「諮問会議の有識者議員からの提案の中で、『公立学校の民営化』と『混合診療の解禁』はもうほとんど決まっています。学校の民営化については、法律の『附則』で、『検討して施行の1年以内に必要な措置を講ずる』と書かれています。
また、『混合診療の解禁』についても、『保険外併用療養の拡充』という名目で、特区としてやる、と去年の10月に決定しております。これは法改正を必要とする事項ではないということですので、特区『法』には盛り込まれておりません」
「保険外併用療養の拡充」とは、国内では承認されていない、海外の高価な医薬品について、保険外併用を検討するというものだ。内閣官房の担当者が言ったように、これを「名目」として、「混合診療の解禁」へと規制緩和を拡げていこうというのである。
国民的議論が全く行われず、国民の意向を全く無視して、官邸主導で具体的な内容までどんどん進められている国家戦略特区において、限られた「民意を示す場」が、冒頭に紹介した「区域会議」である。我々国民は、この区域会議に参加する「自治体の長」を通して、その「是非」を突きつけることになる。
都知事はどの程度「権限」が与えられるのか
「区域会議」は、国家戦略特区担当大臣(現在であれば新藤義孝大臣)、特区に指定された地方公共団体の長、民間事業者の三者によって協議され、最終的に規制緩和の細部を定めた「区域計画」が作成される。
この「区域会議」において、地方公共団体の長には、どの程度の権限・拒否権を持つことができるのか。先述の内閣官房の担当者に話を聞いた。
IWJ「区域会議において国の要請には、様々な規制緩和項目が含まれると思うが、地方の首長が反対した場合、区域計画は無効となるのでしょうか?」
担当者「基本的に『合意に基いて作成』と決まっているので、合意できるまで計画は作れないと言いますか…、『合意できるまで議論を重ねていかなければならない』ということになる。誰か一人でも反対したら、その計画はなくなるということではありません」
政府資料である「国家戦略特別区域基本方針(案)の概要」を見ると、「区域計画」は「相互に密接な連携の下に協議した上で、三者の合意により作成」とある。諮問会議に名を連ねる竹中平蔵氏は自身のブログで、「区域会議のメンバーに対し、『連携の上協議する』という『努力義務』が課せられた点が大きい」と書いている。「連携」というのはつまり、会議に参加する首長には、官邸の規制緩和項目に「同意するよう努力せよ」ということである。
なぜなら、この「基本方針(案)」にはさらに、「関係大臣は法令に適合する限り同意」と定められているため、もし地方の首長が「反対」しても、関係大臣は基本的に官邸の方針に背くことは許されない。加えて「区域会議は、取組を具体化する中、民間事業者から、追加の規制・制度改革について意見聴取し、これを実現」とも書かれている。つまり、区域会議に参加する「民間事業者」は、「追加の規制緩和」を要求することが大前提なのであって、ましてや規制緩和を退行させることなどあり得ないのだ。
地方の長は圧倒的不利な交渉を強いられる
区域会議のメンバー三者のうち、「大臣」と「民間事業者」のニ者が官邸の方針に賛成しており、地方の首長はそんな彼らと「連携」して「最終的に同意」しなければならない。しかも、例え「反対」しても「同意するまで議論が重ねられる」という、地方の首長にとっては圧倒的に不利な場となるのである。
この点について、さらに詳しく担当者に話を聞いた。
IWJ「例えば都知事選で、『この分野のこの規制緩和は認められない』と掲げている人が当選したとする。その人が区域会議で、例えば『医療のこの規制緩和は認められん』となった時に、どの程度権限・拒否権が与えられるのでしょうか?」
担当者「法律としては、『合意に基いて作成』となっているのあり、『三者が一体となって進めてくもの』という看板がありますので、誰かが反対する、特に地方自治体の長が反対している状態で無理やり進めていくというのは、そもそも考えづらい。
加えて、3月に予定されている区域指定の段階で、『地方自治体の意見を聞かねければならない』と法律に書いてある。つまりその時点で、ある程度どういう規制緩和をするのか、ということについて国と地方の間で同意がなされる。その時点で『やりたくない規制緩和』というのは、ある程度明確になって、区域を指定する時にも影響してきます」
つまり区域会議の前、3月予定の区域指定の段階で、官邸と地方の間で折衝とすり合わせが行われるのだ。ここで大体の方向性、規制緩和の概要が決められ、区域会議はその路線に沿って進めていくことになる。もし、安倍政権の特区に異を唱える候補が都知事になった場合、この3月の区域指定の段階で、早くも官邸との闘いの矢面に立たされる。
対する安倍政権は、「2年間で突破口を開く」と期間を絞り、「スピード感が求められる」と随所で訴えるなど、とにかく「急務」であることをアピールしている。なぜここまで焦っているのか。それは、この特区構想が本来は、違法なものであるにも関わらず、「火事場」を理由に強引に、なし崩し的に推し進めているものだからである。
「火事場」を利用したショック・ドクトリン
日本の法律は基本的に、国内において等しく適用されるが、「指定された地域だけは例外的に法律を守らなくてもいい」というのが特区構想である。ここに法律論上の矛盾がある。国家戦略特区のワーキンググループで行われた有識者ヒアリングの議事録を見ると、「平時であれば、絶対に法制審をスキップすることはできない。なぜできたかといえば火事場だったからである。つまり、今も火事場だという認識を作る必要がある。だから、平常のルーチンはスキップさせてもらいますと、これはとても重要だと思う」という発言が残されている。
法制審とは法務省の「法制審議会」であり、法務の調査審議を行う機関である。法的にそもそも矛盾があるこの特区構想が法制審にかけられた場合どうなるか。前述の有識者ヒアリングでは「法制審に言ったら絶対に潰れる」と委員の一人が発言している。
つまり、無理のある法律である「国家戦略特区」を推し進めるためには、法制審すらスキップしなければならないほどの「急務」「火事場」である、という理屈(※)が必要になるのだ。
(※)「火事場」に乗じて規制改革を推し進めるという手法を、現代社会において政府は頻繁に用いる。こうした大惨事につけこんで実施される過激な市場原理主義改革は「ショック。ドクトリン」と呼ばれる。2011年3月13日、東日本大震災直後に読売新聞は「負担の先送りや業界のエゴを優先しているようでは、未曾有の国難は克服できない。国民全員が厳しい現実を直視し負担を分かち合う覚悟が必要だ」書き、「復興にはTPPを」という論説を展開した。
安倍政権にとって、この国家戦略特区を実現させるためには、いかなるスピードダウンも許されない。就任したての都知事が対峙するのは、こういう切羽詰まった本気の相手なのだ。
そうなると、都知事は国民の後押しと、東京都と共に孤軍奮闘の闘いを強いられることになる。しかし、共にスクラムを組む東京都の特区に対する姿勢はどうか。東京都のこれまでの動きを見ていくと、特区に異を唱える都知事に全面的に協力するかどうか、疑問符が付く。
東京ではすでに「国家戦略特区」の地ならしが進行中
2011年6月、当時の菅政権は、地域を限定して規制緩和を行う「総合特区」制度を創設した。その一地域として同年12月に東京都が「アジアヘッドクォーター特区」の指定を受けた。東京都心・臨海地域や、品川駅・渋谷駅周辺などで、「外国企業を5年間で500社以上を誘致」を目標に、「地方税(法人事業税等)の全額免除」などが進められた。しかし現在様々な制度が障害となり、規制緩和は思うように進んでいない。
東京都は昨年2月、「『2020年の東京』へのアクションプログラム2013」と題した年次計画を発表し、その中で「アジアヘッドクォーター特区の推進」も掲げられている。
さらに昨年、政府が地方自治体や民間企業などに「国家戦略特区」の規制緩和提案を募り、同年9月、東京都は奇しくも安倍総理の言葉と同じ「世界で一番ビジネスのしやすい国際都市づくり特区」と題する資料を提出し、プレゼンしている。
この提案こそが、東京都の「やりたい規制緩和」であり、3月の区域指定時の国との交渉の前提となるものである。この資料には、国家戦略特区でアジアヘッドクォーター特区を「バージョンアップ」し、「特区内に新規に設置する多国籍企業の法人税の軽減」「外国企業の日本法人設立の際の英語申請受付」「知的財産を活用して得た所得に対する法人税の軽減」などが掲げられている。
東京都の「やりたい規制緩和」 都知事は孤立無援に!?
この提案書やアクションプログラムには、一見すると、国家戦略特区で懸念されている「解雇特区」や「混合診療解禁」「学校民営化」などは書かれていない。
これらに書かれていない規制緩和を、もし国家戦略特区で政府が要求してきたら、東京都はどう対応するのか。またこれら「医療」や「雇用」などの分野での規制緩和について、都はどう考えているのか。
IWJは直接東京都に問い合わせたが、担当者は「まだ東京が決まるかどうかも分からない。政府がどのような規制緩和要求をしてくるかも分からない。東京都が指定され、具体的な規制緩和項目が明らかになってから検討する」という回答だった。
ただ、アジアヘッドクォーター特区からの流れを見る限り、東京都は規制緩和について国と歩調を合わせている。もし政府が「医療」や「雇用」分野でも規制緩和を提示してきた場合、この「アジアヘッドクォーター特区」にそぐわない限り、「外国企業の誘致のため」「経済活性化のため」として、政府案に「同意」する懸念はある。
つまり、東京都が一定の規制緩和をすでに進めており、それ以外の「医療」や「雇用」分野の規制緩和について見解を明らかにしていない以上、現段階では、特区反対の都知事ではなく政府側に同調する可能性が高い。その場合、都知事は都庁で孤立無援となってしまう。
「安倍特区」に異を唱える宇都宮氏・細川氏と、同調する舛添氏・田母神氏
こうした状況をふまえて、各候補の国家戦略特区へのスタンスを分析すると、今後東京都でどのような規制緩和が、どの程度行われていくがが見えてくる。
いわゆる主要4候補では、これまでの政策・発言などをふまえると、宇都宮氏と細川氏が「安倍特区」に異を唱え、舛添氏と田母神氏が同調している。
「国家戦略特区」が「雇用対策」!? 舛添氏の政策
舛添氏の政策を見ると、「特区の活用による外国人スタッフの受け入れ」、「世界一のビジネスインフラに向けた国際戦略特区の設置(妥協の無い規制緩和と人材の呼び込み)」、「特区を活用した先進的な政治・行政の実施」など、「特区」という言葉が4回も出てくる。
2月1日に行われた主要4候補によるネット討論会でも、アベノミクスを賞賛したうえで、「東京を国家戦略特区に指定して、国と協力しながら、東京で大胆な実験をやりたい。様々な規制に対して、チャレンジして緩和していっていい。若い方にはどんどん会社を作ってもらう。で、儲かってもらう。そうすれば雇用が生まれてくる。そして、色んな先端技術がどんどん進んできます」と語り、国家戦略特区こそが雇用対策であるかのように、強調している。
また舛添氏は、街頭演説や討論会の場で事あるごとに、自身の厚労大臣時代に官僚の抵抗と闘ったことを強調し、都知事になったら「徹底的に官僚と闘う」と述べている。国家戦略特区で主に抵抗を見せているのは、「雇用」や「医療」にダイレクトに係る厚労省である。現在も水面下では、官邸と厚労省の折衝が続けられており、安倍総理は諮問会議のメンバーから意図的に厚労大臣を外しているほどだ。
舛添氏が都知事になった場合、安倍総理にとって、共に厚労省と闘う急先鋒としてこれほど最適な人物はいないのではないだろうか。
「どんどんやったらいい」手放しで賛成する田母神氏
田母神氏の場合は、政策には「特区」の文字は一回も登場しない。しかし、2月2日にフジテレビ「報道2001」の公開討論に出演した際に、「特区については、これはそういうことをやったらうまくいくかどうかという実験ですから、政府がその実験をやってうまくいけばやる。うまくいかなければやらないということですから、これは政府の計画でどんどんやったらいいと思います」と、安倍政権の特区構想を手放しで「是」としている。
宇都宮氏は強硬に反対 「まさに地獄の国づくり」
一方主要4候補のなかで、最も強硬に反対しているのが宇都宮氏だ。
政策では、「国家戦略特区は、多国籍企業への便宜をはかるために、政府主導で都市計画をいっそう緩和して都心で高層のマンション・オフィスビルの建設をさらに促進したり、国内では承認されていない高価な医薬品などを保険外併用したり、有期雇用労働者に無期雇用への転換権を認めず首切りをしやすくしたり(いわゆる『解雇特区』制度)、公立学校を民間委託するといった、国民生活にかかわる重要なルールをゆがめる制度です。またこの『特区』が突破口となって、将来に日本全国で生活を守るルールがゆがめられ、多国籍企業ばかりが優遇されるおそれがあります」と、詳細にその危険性を指摘し、東京都が進める「「アジアヘッドクウォーター特区」についても、「推進しません」と宣言している。
また、フジテレビ「報道2001」の公開討論では、「規制緩和を進めた結果、非正規労働者が増えて、年収200万未満の労働者が1000万人を超える状態が6年連続で続いた。つまり、貧困と格差が広がった」と、小泉構造改革から続く規制緩和自体にも疑問を投げかけたうえで、「企業が一番活動しやすいっていうのは、企業にとっては天国かもしれないけど、働いてる人にとっては地獄の国づくりじゃないか」と強烈に批判している。
「国家戦略特区」自体を「いらない」と切り捨てる宇都宮氏が都知事になった場合、官邸からの圧力は想像に難くない。さらに「アジアヘッドクォーター特区」を推進する東京都や、自民・公明党が過半数を占める都議会でのサポタージュも予想され、かなり苦しい闘いに突き進んでいくことになる。
政策に「特区の活用」を掲げた細川氏の真意とは
「安倍特区」には異を唱えつつも、やや具体的な姿勢が見えづらいのが細川氏だ。
細川氏の政策を見ると、意外にも「脱原発」と同じくらいの文量を使って「特区の活用」に言及している。以下に該当部分を抜き出した。
「東京の発展を支える産業基盤の育成をはかるため、『国家戦略特区』も活用し、魅力的なビジネス拠点の形成に努めることで、グローバルな都市間競争に勝ち抜けるようにしていきます」
「民間活力を生かした都市インフラ整備を推進します。『国家戦略特区』を活用し、羽田空港の国際化、都心拠点の拡充、先端的な医療環境や教育環境の整備に努め、住みやすさとビジネス機能性を両立させた都市作りを進めます」
「国家戦略特区を活用し、同一労働同一賃金の実現を目指すとともに、ハローワークは、国から都へ移管し、民間の職業紹介とも合わせてきめ細かな就業支援を実現します。また医療、介護、保育、教育などの都民生活に密接に関係する既得権のしがらみを断ち、国ができなかった思い切った改革を進めます。それぞれの分野で、新しいサービスの創出と産業としての発展につなげます」
さらに1月22日に行われた出馬会見では、「『岩盤規制』と言われる各種の既得権によって阻まれてきた医療、介護、子育て、教育などの分野での規制改革を、強力に推し進めていきたいと思います」と、安倍総理が同日ダボス会議で使用した「岩盤規制」という言葉を使って、規制緩和を掲げている。
会見で私に「舛添さんや安倍さんの新自由主義的な経済政策に同意しますか」と聞かれた細川氏は、「戦略特区については、誰の言っていることであろうと、いいことはいい、悪いことは悪い、というだけの話です。いいところは大いに取り入れてやっていきたい」と答えるのみで、国家戦略特区に対する自身の見解を具体的には示さなかった。
こうした言動から、ネットを中心に「細川氏は国家戦略特区を推進するのか」という疑念の声がわき上がった。
IWJも何度となく、細川氏の真意について選対事務所に取材を行った。政策担当の中島政希氏や宮下氏は、「細川の特区は、安倍さんの特区のようにはならない。あくまで政官業の癒着構造の打破。雇用のための特区だ」と強調。選対の中核を担っていた木内孝胤・前衆議院議員も、自身のツイートで3回にわたって、安倍特区と細川氏の特区の違いを連投ツイートした。
「私の理解では、細川の言う特区は政官業の癒着構造を打破して、原発ゼロを実現するための電力改革を実現するためであり、生活者や暮らしを重視した特区という意味です。首を切りやすくとかあり得ないです。」
「日本は元来弱い人を取りこぼすことがない相互扶助的な社会。現在はそうした古き良き伝統が薄れる一方で、健全で公正な競争もなく、既得権益者だけを利する不公正な社会となっているために活力がなくなっている」
「既得権益は様々な分野にはびこっている。特区でなくても既得権益を打破することはできる。しかしながら二人の総理はその岩盤がどれだけ厚いか理解しており、電力改革を打破の針の一穴としたいのではないか。」
冒頭でも述べたが、「国家戦略特区」において都知事に与えられる権限は、「同意」か「反対」のみである。ましてや、特区法に明記されていない「電力自由化」を新たに都知事の権限で創設することなど、不可能に近い。この木内氏のツイートをもって、細川氏の姿勢を明確にするのは難しい。
ただ、細川氏は朝日新聞のアンケートに対し、「TPPにはどちらかといえば反対。交渉の具体的な内容が開示されず、国民にメリット、デメリットが示されていない。このため農業、医療など国民生活に密着した多くの重要産業への影響が明らかになっていない」と答え、「医療」や「農業」を「国民生活に密着」と言及していることから、細川氏の考え方は、国家戦略特区の理念とはそぐわない部分もあると推測できる。
「解雇特区は慎重に検討」 安倍特区に異を唱えた細川氏
細川氏自身が特区について1月22日時点の姿勢とは違う慎重姿勢を示したのは、2月2日のフジテレビ「報道2001」の公開討論である。特区について問われた細川氏は「特区の中身について、時間的な制約というものも今お話があったように、あるんでしょうけれども、しかし、もう少し、中身を詰めて考えたほうがいいんじゃないかなと。という感じがしています」と語っている。
まだ、ぼんやりとした回答だが、岩盤規制に穴を開けるという積極性は影をひそめている。特区の危険性の認識が有権者の間に広まるにつれて、当初の姿勢を「修正」してゆく必要性を、細川陣営も感じ取ったのだろうか。「修正」はさらに進む。
4日後の2月6日、投票日の3日前に細川氏の政策に以下が追記された。
「国家戦略特区については、雇用を守る方向での活用を考えています。昨年成立した、解雇規制の緩和、いわゆる『解雇特区』については、慎重に検討するべきです。(2/6追記)」
国家戦略特区についての懸念で大多数を占める「解雇特区」について、明確に異を唱えたのだ。
「慎重に検討」という表現が曖昧である、という不安の声、「医療」や「教育」分野の規制改革に対する姿勢がいまだ明確ではない、などの指摘もあるが、細川氏からさらなる情報が発信されていない以上、現状では否定的な判断を下すことはできない。ただ重要なのは、「慎重に判断」や「中身を詰めて考えたほうがいいのは」という発言である。
先に述べたように、国家戦略特区を推進する側は、「スピード感」が命である。拙速かつ強引に押し込もうとしているなかで、「時間をかけて中身を詰める」というのは、官邸にとっては命取りとなりかねない。「慎重に判断」を掲げる以上は、都知事になった場合、官邸との闘いは避けられない。宇都宮氏と同様、またそれ以上に「組織に属さない」「しがらみのない」を掲げている以上、都庁内で孤立する懸念はある。
特区の本質は「竹中構造改革のスタート」であり「TPPの内国化」
いずれにせよ、国家戦略特区は都知事選だけの争点ではなく、また、東京だけに振りかかる問題ではない。現在東京以外にも特区候補は、大阪。名古屋など都市圏が含まれており、政府は2月中にも全国で3~5カ所を選定するとしている。
竹中平蔵氏は自身のブログで、「全国一律に規制改革するには時間がかかるから、まず特区でこれを行うという主旨を忘れてはならない」と語っている。国家戦略特区はTPPの内国化のスタートに過ぎず、これを認めてしまうと、そこを蟻の一穴にして国全体の法改正や規制緩和が雪崩をうって行われる危険性があるのだ。今回の都知事選で誰が当選しようと、国民はこの特区の問題を継続的に注視していかなければならない。