孤軍奮闘する泉田裕彦新潟県知事の訴え~報じられない柏崎刈羽原発フィルターベント設備の落とし穴(<IWJの視点>安斎さや香のチェリー・ボム: IWJウィークリー13号より) 2013.8.13

記事公開日:2013.8.13 テキスト
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 「話が噛み合わないんだったら、どうぞお引き取りください」

 新潟県の泉田裕彦知事が、しびれを切らしたように、啖呵を切った。

 2013年7月5日(金)、東京電力の廣瀬直己社長が新潟県庁を訪れ、泉田裕彦知事と面会した際の一場面である。

 東京電力は、柏崎刈羽原発6、7号機の再稼働に向けて、原子力規制委員会に対して安全審査を申請する意向を示してきた。しかし、立地自治体である新潟県への事前の説明を欠いたまま、安全審査申請をしようとしていた東電に対して、泉田知事は強い不快感をあらわにした。7月5日の面会でも、泉田知事は鋭い質問を繰り出し、廣瀬社長は何度も立ち往生するなどして、結局、この会談は決裂した。

地震による原発事故を経験していた新潟の柏崎刈羽原発

 そもそも、ボタンのかけ違いは、東電のフライングに端を発している。

 東電と地元自治体とが結ぶ安全協定では、原発関連施設を新増設する際、事前に地元の了解を得なければならない。再稼働に際しては、新規制基準を満たすために、新規の設備を建設する必要がある。しかし今回東電は、その事前了解を得ずに安全審査申請をすると発表したのだ。

 この申請には、事故などで生じた蒸気やガスから放射性物質を除去して排気する、フィルターベント(排気)設備の建設も含まれており、泉田知事は、このフィルターベントの設計上の問題を指摘してきたのである。

 新潟県知事として、原発の安全管理について慎重にならざるをえないのは、それなりの理由がある。

 柏崎刈羽原発は、2007年、新潟中越沖地震の際に変圧器の火災事故を起こしている。その原因は、原子炉建屋と変圧器のある建物が異なる地盤上にあり、その間をつなぐケーブルが地震で大きく揺れたことによって、変圧器が引っ張られて傾き、内部の金属同士が接触して発火したものである。

 事故の教訓から、今回の申請にもあるフィルターベントについて、原子炉建屋と同一の地盤上に置かなければならないというのが泉田知事の指摘だ。もし、地震による大きな揺れで、原子炉からフィルターベントに通じる配管が損傷すれば、原子炉から放出される極めて高濃度の放射性物質が環境中に排出されてしまう可能性がある。

 泉田知事の懸念と指摘は、しごくまっとうなものに思える。現実に地震による事故は過去に起きたのだ。それもわずか6年前の記憶の生々しい出来事である。「喉元過ぎれば熱さを忘れる」というが、「喉元を過ぎる」ほどの昔ではない。ところが東電は、そうした懸念に耳を傾けることなく、このフィルターベント設備の基礎工事を着々と進めている。

東電が柏崎刈羽原発を稼働させたい理由

 東電は、明らかに柏崎刈羽原発の早期再稼働を急いでいる。そして彼らが急ぐのには、彼らなりの理由がある。

 東電の廣瀬社長は、先述の7月5日に行われた泉田知事との会談で、「3年連続の赤字というのは何としても避けたい」と語っている。彼らの焦りと拙速の根本には、経営上の数字があるのだ。同月31日の第一四半期決算発表記者会見でも、東電は黒字化達成のための唯一の具体策として、「柏崎刈羽原発の再稼働」を挙げた。東電の頼みの綱は、柏崎刈羽原発の再稼働しかないということだ。

 東電や規制委員会の言い分もある。たしかに、新規制基準では、「原発関連施設と原子炉建屋を同一の地盤上に建てなければならない」といった規制は存在しない。

 フィルターベントの問題について、原子力規制委員会の田中俊一委員長は、7月10日の定例会見で「特に泉田さんが何を言っているかは、私はノーコメントですね」と冷ややかに述べ、「泉田さんに聞いて下さい。どう作ったら、デザインしたらいいのかどうかを。それはデザイン要求であって、壊れるかどうか、耐震設計上どう取るかとかということは、設置要件としては、我々としては持っているつもり」と突っぱねた。

 さらに、同会見において田中委員長は、地元の了解がなくても、事業者である電力会社が申請を出せば、安全審査を進めるとの考えを明らかにしたほか、7月3日の定例会見でも、「だいたいの地方自治体の首長さんは、納得している。その中でも、泉田知事の発言は個性的だ」などと述べ、「厄介者扱い」ともとれる発言に終始している。

 原発再稼働に向けた安全審査申請をめぐり、泉田知事は上京し、甘利明経済再生担当大臣とも会談した。7月30日のことだ。甘利大臣が泉田知事に「安全審査を受けるべき」と理解を求めたのに対し、「安全審査ではなく性能審査になっており、不備がいくつもある」と泉田知事は反論。両者とも、「すれ違いだった」という見解を示した。

 翌日7月31日、泉田知事は新潟県庁での定例会見において、「福島の検証・総括なくして、なぜ基準がつくれるのか」と、規制委員会に対して説明責任を求め、再三にわたり田中委員長が面会を拒否していることについても、「会わないということをずっと言うのであれば、不適格」だと厳しく批判した。

 一方、同日に行われた規制委員会の定例会見で、田中委員長は、「規制庁に新潟県への説明をしてもらっている。特にお会いしなければいけないとは思っていない」と、またしても冷ややかに面会をするつもりがないことを明らかにした。

周囲からはさみうちにされる新潟県

 福島第一原発では、事故直後からこれまで、放射性物質の飛散はもとより、停電、地下汚染水漏れなど、度重なるトラブルが発生している。特に参院選で自民党が圧勝した直後から、汚染水の海洋への流出や、3号機から立ち上る「湯気」など、問題が次から次へと噴出している。

 汚染水漏れについては、8月2日、40兆ベクレルものトリチウムが海に流出されたと発表された。事態の収拾に向け、菅義偉官房長官は7日の記者会見で、安倍総理が茂木経産大臣に国費による対策の実施を指示することを明らかにしたが、日々明らかになっていくのは、事故直後からの東電の対策のまずさであり、手のほどこしようのなさである。

 外国のメディアまでが、「福島第一原発は緊急事態である」と警鐘を打ち鳴らしているというのに、当事者には緊張感が感じられない。先述した31日の規制委員会の定例会見で、田中委員長は、この問題に関し、「汚染水漏れはかなり深刻で切迫している」との見解を述べるも、「来週はお休みしたい。みんなで少し休みをとってリフレッシュしよう」などと、危機意識の欠落した発言を口にして、驚かせた。

 「住民を被曝から守る」ということを前提に、一貫して基準の見直し、検証、説明責任を求める泉田知事と、黒字達成という経営的な理由を掲げて、再稼働申請を急ぐ東電や、地元からの要請に向きあおうとしない田中委員長をはじめとする規制委員会。両者の溝は深く、安全審査申請のめどは立っていない。

 しかし、8月6日になって、立地自治体の柏崎市と刈羽村は、この申請を条件付きで了解した。自治体がつけた条件とは、(1)放射性物質の排出を抑えるフィルター付きベント設備について新規制基準への適合確認、(2)市民の理解を求める取り組み、(3)運用方法について十分な協議、という3項目である。

 この3項目をクリアすれば、再稼働申請を認めるというわけである。他方、この日、新潟県は、申請を了解しない考えを改めて表明した。言いかえると、安全審査申請のためには、事実上、あとは県の了解を得るのみという情勢になったのである。新潟県は、国と東電と規制委員会、そして立地自治体のはさみうちにされた形である。

 「原子力ムラ」との対立関係が明らかになっている今、泉田知事への風当たりは強まってきている。

 元経産官僚の古賀茂明氏は、7月27日発刊の「週刊現代」で、「経産省や規制庁の役人が『泉田知事は昔から変人で有名だった』という悪口を流布している。私はこれを多くの記者から聞いた」と語り、経産省時代に泉田知事と一緒に仕事をした経験から、「これはとんでもないデマだ」と明かした。

 メディアの責任も大きい。大手マスコミの報道では、先述した通り、泉田知事が指摘しているフィルターベント設備の設計上の欠陥について、ほとんど報じられていない。手続き上の問題で、地元の事前了解を得ずに、東電が安全審査申請をすると発表したことばかりが、申請を了解しない理由であるかのように報道されているのである。泉田知事が「孤立」を深めているかにみえるのは、メディアの報じ方によるところが大きい。

 シビアアクシデントが起きた場合、その直接的・間接的な影響は新潟県にとどまらず、全国に影響を与えるのである。全国民が利害当事者なのだ。メディアには、全国民に対して、公正な報道を行う責務があるはずだ。

 IWJは、この問題を追いかけるため、新潟県庁の記者クラブに、7月31日の泉田知事定例会見の取材を申し入れた。結果、会見への参加は認められたものの、知事へ質問は「(記者クラブの)加盟社以外はできない」と禁じられ、生中継も「無理です」と、録画の撮影しか許可されなかった。

 さらには、8月8日に行われる次回の知事定例会見の取材を申し入れた際にも、幹事社の新潟日報から、「31日の会見の際、おたくの記者から挨拶がなかった。社会人としてどうなのか」と、はるかな高みからご叱責を受けた。恐れ入るしかない。他のメディアに対して質問する権利を一方的に封じておいて、「挨拶がない」である。記者クラブ様は、いったいどれだけお偉いのか。

 そもそも、記者クラブが取り決める「ルール」というものに法的な根拠があるわけではない。さらに、記者室の提供や光熱費などの経費は、国民の税金で負担されているにもかかわらず、独立系のメディア、フリーのジャーナリストなど、記者クラブ以外のメディアに対して排他的で、行政の情報へのアクセスをほぼ独占している状態なのだ。新潟県庁の記者クラブ加盟社各社には、特権意識をふりかざして「質問を認めない」などという閉鎖的な姿勢を改めてもらいたい。

 再稼働するか否か以前に、少なくとも、新潟県が提示している質問状や要請文に真摯に応え、説明責任を果たすことが規制委員会、東電には求められる。さらには、泉田知事も指摘している福島第一原発事故、柏崎刈羽原発の事故も含む、充分な検証を踏まえた基準で安全審査がなされなければ、また再び重大な事故が起こるリスクを拭い去ることなどできないだろう。そして、メディアには、これらの経緯を公正に伝える責任があり、公正に報道しようとする者を排除する権利はない。

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「孤軍奮闘する泉田裕彦新潟県知事の訴え~報じられない柏崎刈羽原発フィルターベント設備の落とし穴(<IWJの視点>安斎さや香のチェリー・ボム: IWJウィークリー13号より)」への1件のフィードバック

  1. 中村康子 より:

    新潟県庁の記者クラブの閉鎖性が、まさに泉田県政の打ち止めに成功したのですね。

    今日は投票日です。
    泉田さんは、「緊急事態条項」について、毎日新聞えらぽーとでは「賛成」と有ります。
    大災害時に自治体の裁量権を剥奪することに泉田さんが賛成するとは信じられません。
    間違いではないかとさえ思います。
    投票には、このことはやはり譲れない判断基準です。
    もっと時間が欲しかった。(T_T)

    5区住民より

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