安冨歩氏講義「森嶋通夫の人間観に学ぶ」 〜文化政策・まちづくり大学校 特別講義 2012.11.9

記事公開日:2012.11.9取材地: テキスト動画
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(IWJテキストスタッフ・久保元)

 2012年11月9日(金)、京都市下京区の文化政策・まちづくり大学校(通称:市民大学院)において、「森嶋通夫の人間観に学ぶ」と題した特別講義が開かれた。講師は安冨歩氏(東京大学東洋文化研究所教授)が務めた。森嶋通夫氏(故人)は、大阪大学名誉教授や英国ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス教授などを歴任し、日本人が唯一受賞していないノーベル経済学賞の有力候補と目された、世界的な経済学者である。特別講義を開いた同校は、文部科学省に大学等設置認可を申請中の大学校で、産官学の社会人による対話と社会貢献を重視した、「寺子屋型の大学院教育」を提唱している。

■全編動画

  • 日時 2012年11月9日(金)
  • 場所 文化政策・まちづくり大学校(京都府京都市)

森嶋氏との出会い

 講義の冒頭、大学設立準備室室長を務める池上惇氏(京都大学名誉教授)が挨拶した。池上氏は、森嶋氏の研究論文や著書を、夫人の森嶋瑤子氏(数学者)から寄贈を受け、同校にて「森嶋文庫」を開設していることや、森嶋氏による経済学を考察する「森嶋学」の授業を隔週で実施していることなどを説明した。

 続いて、安冨氏は、京都大学大学院在籍時にマルクス経済学とケインズ経済学を学んでいた際、森嶋氏の著書を読んで感銘を受けたことや、講師として招聘した森嶋氏から講義を受けたことなどを、瑤子氏とともに振り返った。また、安冨氏は、森嶋氏が最初に出版した英語版の書物に注釈を付けたことがきっかけに、英訳をたびたび手伝うようになり、やがて「森嶋先生の弟子」と自称するほどに関係を深めていくようになった経緯を語った。

「神秘的な合理主義」から「合理的な神秘主義」への転換

 安冨氏は、京都大学大学院を卒業後、いったん銀行に就職した。借り手側と貸し手側双方が暴走しバブルに突入していく最前線に身を置くとともに、銀行業務が急速に電子化を遂げる一方、システム開発が銀行業務の複雑さになかなか追い付いていかなかった状況を間近で体感した。その後、銀行を退職したのち、大学院に戻ってバブル経済の暴走の仕組みを研究しようとしたが、経済の暴走を適切に考えるような枠組みが当時は存在しなかった。また、経済学のみならず、既存の物理学や数学の中にも、暴走を明らかにできるような要素が見当たらなかったため、自らコンピューターを用い、非線形科学による「複雑系理学」を10年あまり研究した。

 その結果得た成果は、「複雑系理学は全然進歩しないことに気付いた」というものだった。その要因として、安冨氏は「創発」という概念を挙げた。総発とはマイケル・ポランニー(哲学者)が提唱した概念である。数学や物理学などの「明示的な知識」を「明示的な操作」によって発展させようというのが「客観主義」であるが、ポランニーはこれとは異なる見解として、「明示的な知識の発展は、『暗黙知(tacit knowing)』によってしか成し得ない」との考えを示した。安冨氏は、10年あまりの研究を通して、この概念を自ら実感したことにより、複雑系理学の研究から離脱した。

 安冨氏は、これまでの考え方を大きく転換し、「創発という概念を破壊するものは何か」を研究するようになり、今日に至る。「人間、生命、経済、社会などが成り立っていることを、神秘的な現象と捉えるようになった。なぜそのような現象が起きているのかという難しい問題を考えるよりも、人間それぞれが持っている創造力を発展させていくことや、それを阻害する要因について研究している」と語った。さらに、「何でも答えが解けると考えるのは『神秘的な合理主義』であり、まるでオカルト的である。この考え方に基づく行動が、生命を冒涜し環境を破壊している」と語り、「これとは真逆に、神秘的な現象が私達を支えていることを認めるという『合理的な神秘主義』に基づき、それを阻害している要因を研究していく必要がある」と続けた。

森嶋氏とカオス理論

 安冨氏は、バブル経済の暴走の仕組みを研究する過程で気が付いた「あること」にも触れた。経済学では、例えば、ある価格に対して需要と供給が決まったとき、その価格に対して均衡(バランス)しなかった場合は新しい価格が提示され、それによって需要と供給が決まる・・・といったことを延々と繰り返すプロセスをシミュレートしたりする。天気予報に用いる気象学においても同様である。ただし、実際には様々な要素が複雑に絡み、それを数値化して理論的に証明するのは至難の業だが、一定の法則を見い出そうと、古くから多くの学者らにより研究が進められてきた。

 森嶋氏は、1950年代に「非線形振動論」を研究し、「二次元の回路」として「貯蓄関数」と「投資関数」を想定し、「周期解」を導くことに成功した。しかし、森嶋氏は「景気変動などは必ずしも二次元の回路で描かれるとは限らない」ということに気付き、別の要素を加えた三次元の回路となるモデルの解析が必要と考え、その計算をしようとしたが、当時は日本にコンピューターが存在しない時代だった。そこで、森嶋氏は、助手の瑤子氏(当時は旧姓の津田瑤子氏)に手計算を依頼したものの、当初の予想よりも遥かに膨大な数値計算が必要ということが分かり、途中で計算を棚上げしてしまった。その結果、1960年代にエドワード・ローレンツ(気象学者)によって「カオス理論」を発見されてしまった。このことについて、安冨氏は、「私は、森嶋氏が当時考えていた三次元のモデルの考え方は『カオス理論』そのものだということに気が付いた。もし、森嶋氏がコンピューターを使えていたら、この分野の第一発見者になっていたかもしれない」と述べた。また、「カオスの研究では他の学者に先を越されたが、膨大な数値計算を依頼したことがきっかけで、瑤子氏という生涯の伴侶を得る契機となった」と、著書を引用しながら述べた。

森嶋氏の先見性

 安冨氏は、森嶋氏が「中国に新幹線を無償で敷設すればいい」と提案していたことを紹介し、「日本は、バブル期に国内への不動産投資などをせず、中国に投資していれば、莫大な利益を得られただろう」と語った。また、日本が経済大国として飛ぶ鳥を落とす勢いだった頃、すでに森嶋氏は日本の将来について、人口構成の問題などの様々な問題点を指摘し、「このままでは日本は没落してしまう」と警告していたことを語った。さらに、中国など東アジア諸国との関係を重視する「東アジア共同体構想」や、ハードウェアによる防衛だけでなく、文化が持つパワーで国を防衛する「ソフトウェア防衛論」など、様々な考え方を提案していたことについて、「当時は『気が狂ったのか』とまで言われ、物議を醸したものもあったが、やはり先見の明がある慧眼(けいがん)の人だった」と述べ、早くから物事の本質を見抜いていた森嶋氏を高く評価した。

 安冨氏は、森嶋氏について、「英国流の、はっきりと物を言う人だった。これが私自身にも受け継がれた」と述べ、このことが、自身による様々な研究の原動力となり、のちの「東大話法」の発見に大きな影響を与えたと振り返った。

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「安冨歩氏講義「森嶋通夫の人間観に学ぶ」 〜文化政策・まちづくり大学校 特別講義」への1件のフィードバック

  1. 善鸞 より:

    この講義では森嶋さんの業績が語られるのですが、やはり安冨先生が「何がうまくいくかはわからないが何が物事を壊してしまうかはわかる」と暗黙知をひいて言っているところは、「カオス理論をやっても最終的にわからない」ということがはじめから見えているのではないかと思えるところがあります。それはポランニーが暗黙知=生命進化の力、とみて、遺伝子の解析で生命の問題がわかるという立場に最後まで反対したところと相同しているのではないかと思えるところがあります。問題は「何をすればいいかはわからないが何をすれば壊れるかわかる」という消極性は、積極的に「こうすればよい」というものに一見勝てないことにあります。その矮小化された形式は共通の敵を捏造して叩くという積極性ですが、何をしたらいいかわからないときにただ悪を見つけてたたく魔女狩りです。逆に「これをすれば壊してしまう」ことをする人間を叩くことが自己目的化しかねない危うさもここに感じます。

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