ナチス研究第一人者の石田勇治教授に参院選前緊急インタビュー!今こそナチスの手口を知るべき!「自民党の改憲草案の緊急事態条項は、ナチスが独裁を確立したような強力な独裁条項だ」!

記事公開日:2016.7.4 テキスト
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(岩上安身)

特集 緊急事態条項

※2016年7月4日付けのツイートを並べて掲載しています。

 ナチス研究第一人者の石田教授に参院選前だからこそ緊急インタビュー!今こそナチスの手口を知るべき!「自民党の改憲草案の緊急事態条項は、ナチスが独裁を確立した大統領緊急権とその後の授権法を足したような強力な独裁条項だ」と石田教授が喝破!⇨参院3分の2議席で日本でも現実化する!「ナチス」の手口。石田勇治東大教授インタビュー

 ヒトラーのナチ党と最も先鋭的に対立していたのは共産党だった。国会議事堂事件を契機に共産党を徹底弾圧。「反共」こそ、ナチ独裁の出発点。今、街頭でひたすら反共演説をする安倍総理と重なる。

 当時最も民主的なワイマール憲法を掲げていたドイツ。その護憲民主派は、なぜナチ党の台頭を防げなかったか。当時力のあった社会民主党と共産党の対立が極右ナチスの台頭を許してしまった。ここは歴史的な教訓。

 当時のドイツの共産党と今日の日本共産党はかなり異なる。ドイツ共産党は、ワイマール憲法下の議会を通じての民主化よりも革命を望んでいた。ナチ党以上に社会民主党を敵視してもいた。

 石田教授によれば、社会民主党が政権を取るよりナチ党が政権を取った方がマシだと当時のドイツ共産党は考えていたという。ナチ党はうまくやれず、政権は自壊する。その時こそ共産党のチャンスだと。

 ドイツの社会民主党は、今日の日本で言えば社会党の後継政党である民進党と重ね合わされる。日本共産党は武装革命路線を放棄しており、野党共闘がかなったことは、ワイマール末期のドイツと比較すると幸運。

 ワイマール末期のドイツと現在の日本には多くの共通点がある。両国とも世界大戦で敗北して戦後に民主化された体制であり、軍事的に弱体化され、当時としては最も先進的な憲法を持っていたこと。

 ワイマール末期のドイツと現在の日本の共通点は、旧体制(ドイツであれば帝政、日本であれば明治憲法下の大日本帝国)を懐旧し、新しい憲法の下の体制を憎む復古主義的な政治勢力が残存してきたこと。

 ワイマール末期のドイツと現在の日本の相違点は、ドイツでは第一次大戦の敗戦(1918年)からナチスが授権法により無制限の独裁を確立(1933年)するまで15年しかかからなかったのに対し、日本では、戦後憲法体制が自民党によって危うくされている現在まで、第二次大戦の敗戦(1945年)から71年経過している点が違う。ドイツでは敗戦の記憶が残っているうちに、日本ではそうした世代が去ったあとに危機が訪れつつある。

 ドイツとの違いは、日本では戦後憲法体制を否定する動きが現実のものとなるまで約70年かかった点。戦争を知る世代が戦後体制をひっくり返したのに対し、日本では戦中世代が消える中で起きていること。

 ナチズムという絶対悪ともいうべき独裁体制は、怪物のように思われているヒトラー個人のカリスマによってのみ生まれたのではない。ヒトラーは要素の1つ。重要なことは国家緊急権が何度も使われてきたこと。

 同じように民主的な憲法であっても日本国憲法とワイマール憲法には決定的な違いがあった。それが国家緊急権。日本国憲法には意識的に国家緊急権が書き込まれなかった。ワイマール憲法には残されていた。

 ヒトラーが首相になる前の首相たちも、大統領による国家緊急権を何度も利用して行政権力を振るった。議会の混乱と機能不全が国家緊急権の濫用に拍車をかけた。そして33年2月、国会議事堂が炎上する。

 この国会議事堂炎上事件を最大限に利用してヒトラーはヒンデンブルク大統領に緊急事態宣言を発令させ、一気に人権を停止する。共産党指導者や議員など、ナチスと敵対していた政治勢力は令状なく拘束された。

 ナチスは決して選挙で多数を占めた政党ではなかった。民主主義の喝采の中からナチズムが誕生したわけではなかった。ナチス党は街頭のならず者を束ねたような新右翼。それを旧右翼が利用した。

 旧右翼は第一次大戦で滅びた帝政を懐かしむ貴族と資本家が中心で、軍部が寄り添っていた。彼らは自力ではワイマール体制を覆せず、台頭してきたナチスに目をつけ、引き立てた。資金なども援助した。

 ナチスが33年2月に議事堂炎上事件でヒンデンブルク大統領に緊急事態宣言を発令させた時も、ナチスは旧右翼政党と組んでいたが、1ヶ月後の3月、授権法(全権委任法)を成立させる時も一変。

 ナチスが授権法によって独裁体制を固めると、ナチスに冷ややかだった層(特に公務員)も、雪崩を打ってナチスに入党。立法権も手にしたナチスは他の政党を禁止。左翼だけでなく旧右翼も屈服させた。

 ナチスは授権法によって立法権も手に入れ無制限の権力をふるえるようになった。これらは戦争遂行のための体制だった。ヒトラーは国内外に平和主義者の顔を見せる時もあったが、偽りの仮面に過ぎなかった。

 ワイマール末期、ナチスが一気に独裁権力を確立する時期と今の日本と重なる点がある。背景には世界的な不況がある(大恐慌時代と今の日本の不況とでは比較にならないが)。1度目の大戦での敗北も共通項。

 だか何と言っても、「今」の日本とナチスとの最大の共通項は、国家緊急権を利用しようとしている点。日本にはずっと改憲勢力は存在したが、国家緊急権を本気で導入しようとしているのは「今」が初めて。

 石田教授は、自民党改憲草案の緊急事態条項を見て「これはワイマール末期にナチスが利用した大統領緊急令(緊急事態宣言)と授権法(全権委任法)を足した内容」と評した。一発でナチス並に。何がお試しか。

 石田教授には、最後に稲田氏や長勢氏ら安倍政権の閣僚経験者の発言動画を見てもらったが、絶句。「言葉がない」と。ヒトラーは緊急事態宣言のあと、暴力的弾圧を加えて反対派を押さえ込み、授権法を通した。

 だが日本は、暴力的弾圧も加えられていないのに、いささかの圧力程度でメディアをはじめ、声をあげるべき者たちが黙り、ろくに情報をもたない有権者は改憲勢力に3分の2の議席を手渡そうとしている。

 歴史に学ばない無知と愚かさ。そしてどうせ大したことは起こるまいという侮り。怖い話は見たくない、聞きたくないという弱さ。その弱さにつけ込み白紙委任状に判子を押させようという自民党の卑劣さ。

 さまざな要素が絡んで自民党改憲草案が現実となる日が近づきつつある。「ナチスの手口を学んだ」通りに。投開票まであと1週間、我々は改憲勢力が議席3分の2を確保するのを逆転で阻止できるか、否か。

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