「王様は裸だ」と君は指摘する(できる)だろうか ~岩上安身寄稿の新刊 『「今を伝える」ということ」』、本日発売 2015.12.20

記事公開日:2015.12.19 テキスト
このエントリーをはてなブックマークに追加

―「ジャーナリストというのは、メディアとイコールではありません。ジャーナリズムには、また別の歴史があります」。

 岩上安身は、自身の母校である早稲田大学の学生に語り掛けました。

 本日12月20日、岩上安身寄稿、新刊『「今を伝える」ということ』が販売されました。本書籍は、早稲田大学で行われた講義を元に編集されており、各分野で「ジャーナリズム」と呼ばれる14人が様々な視点から、報道の現場とあり方等について語ります。

 著者である岩上安身は第4部「ジャーナリズムの使命と未来」に登場。「王様は裸だ」と君は指摘する(できる)だろうか」と題し、大企業間のカルテルにより報道分野での新規参入が実質阻まれている現状や、記者クラブなど、官庁と癒着でつながる日本のマスメディアを批判しながら、これからの「ジャーナリズム」の在り方を提示していきます。

 岩上安身は、まず、現在のマスメディアと個人との関係性の特徴に、コミュニケーションの一方向性を挙げて説明します。例えば、私たち人間が言語を介して他者と関わろうとするとき、情報の流れは双方向になります。例えば友人でも家族でも、どちらか一人が喋り続け、片方は黙ったまま何も言わない、頷くだけ、そんな関係性があるとすれば、コミュニケーションが成立しているとは言い難いのではないでしょうか。

 つまり、健全なコミュニケーションは、双方的であると言えます。

 しかし、大手のメディアと個人の関係のなかに、双方向の矢印は見られないと岩上安身は指摘します。メディアから流れてくる情報を、個人が受け取る。個人からは情報発信がされず、矢印はない、完全に一方向のコミュニケーションです。

 では、報道における双方向のコミュニケーションとは、どのようなものでしょうか。

 岩上安身は、3.11、福島第1原発事故後のIWJ社内の様子と動きを紹介しながら、その答えをネットメディアの存在の中、特に、「ジャーナリズム」の本質である、「私」を通じて語ることに見出しています。

 岩上安身が母校でもある早稲田大学の学生に語り掛ける、「私の視座」を通じた報道とは、ジャーナリズムに必要な、「地を這う虫の目」と「空から俯瞰する鳥の目」とは、何か。

 報道やメディアについてのみならず、組織や企業に所属し、葛藤する人にもおすすめの一冊です。また、こちらの文章の続きである第二部は、現在、IWJサイトにアップされています。1月以降に公開される第三部も合わせて、ぜひご高覧ください。

IWJのこうした取材活動は、皆様のご支援により直接支えられています。ぜひIWJ会員にご登録いただき、今後の安定的な取材をお支え下さい。

新規会員登録 カンパでのご支援

一般会員の方で、サポート会員への変更をご希望される場合は、会員ログイン後、画面上部の会員種別変更申請からお進み下さい。ご不明の際は、shop@iwj.co.jp まで。


「王様は裸だ」と君は指摘する(できる)だろうか ~岩上安身寄稿の新刊 『「今を伝える」ということ」』、本日発売」への1件のフィードバック

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です