【原記者報告】管理・運営された占拠下の立法院内
立法院入口から中に入ると、議場へと続く廊下は学生や警察官で混み合っていた。時折、学生と警察官が廊下で笑顔を浮かべながら立ち話する姿もあった。廊下に面して2つある「委員控室」は、片方を学生が、もう片方を警察が使用し、それぞれ休憩したりテレビを観ていたり、うまい具合に住み分けができていた。想像していたものとは違い、そこにはゆとりや秩序があった。
議場入り口には、議場の衛生環境を保つための学生側スタッフが立っていた。我々のような入場者の手にアルコールスプレーを吹きかけ、頭に機械を当てて熱を測る。
測定の結果、通訳として取材協力してくれた女性に微熱があるとの判断が下った。この日の外の気温は28度。彼女に体調不良の自覚はなく、暑さのせいだだろうと話したが、念のための措置として学生側からマスクが配られ、議場内での装着が義務付けられた。厳重な衛生管理だ。
▲占拠された議場
▲議場正面
▲自由に使用できる石鹸などの生活用品
議場の中に入ると、蒸し暑いというほどではないが、大勢の人間が長時間生活するとき特有の空気が篭っていた。原発事故後の郡山の避難所でも感じた空気感に近い。時刻は18時過ぎ。議場内の学生たちの多くは配布された弁当で夕食をとっていた。
議場内にはサービスステーションが存在し、衣類、下着、洗剤類などの生活用品を自由に利用できる仕組みができている。白衣を着た医療班も常に待機している。
▲占拠を続ける学生
学生たちは広々とした議場の地べたに座って生活していた。地べたで弁当を食べ、談笑し、地べたに寝袋を敷いて、寝る。本を読んだり、スマフォでゲームしたりとリラックスしてはいるが、一人ひとりの表情をよく見ると、疲労がにじみ出ているようにも見受けられた。
▲配布された弁当を食べる学生たち
▲議場で配られたみかん 皮が「ひまわり」の形にむかれている
▲談笑する学生たち
▲リラックスする学生たち どことなく疲労の色が浮かぶ
▲トイレで髪を洗う学生
議場にあった椅子は、バリケードとして使われている。最低限の出入口以外は高く積み上げられたバリケードで塞ぎ、外部からの出入りを遮断。映画『レ・ミゼラブル』のワンシーンを思い出す。
▲出入口に積み上げられたバリケード
▲換気用のオレンジ色のパイプは外に繫がっている
▲ずらりと並ぶ報道カメラ
学生インタビュー「社会問題に関心を持つのは大学生の義務」
議場内で肉まんを食べていた男性に話を聞いた。学校を卒業し、兵役を終えたばかりで、とても若い。議場内で過ごしてすでに8日目、家にも帰っていないというが、両親は心配していないのだろうか。
「両親はこの運動を支持してくれています。連絡は取り合っていて、『よく寝たか? ちゃんと食べているか?』と聞かれる。身体は崩していません。生活に不自由することもない」。
立法院の占拠に参加したのは、やはり中国とのサービス貿易協定に反対しているからだ。「この貿易はやってはいけません。中国との大きさが違いすぎて、台湾にとっては不利な協定です。総統は国民とちゃんと話していないのに、こういう協定を通すのは許せない」。
さらに、「日本の若者には、今回の事件を応援して欲しい。国際的に注目されれば、総統にもプレッシャーがかかると思う。馬総統と学生の対話が実現したら、みんな観ることができる公開された場所でやりたい。その様子を、世界中の人々に観て欲しい」と語り、カメラに向かって手を振った。
台北から新幹線で1時間以上も離れている台南から参加しているという女子学生は、「社会問題に関心を持つのは大学生の義務です」と話し、参加した動機を次のように語った。
「社会人は仕事があって、こういう運動に参加するのはなかなか難しい。私たち大学生が時間のあるときに、こういう活動に参加すべきです。今回の事件で勉強になったのは、物事を詳しくちゃんと理解して判断するのは、すごく重要だということ。今こういうことしないなら、もう機会はないかもしれない。だから今、立ち上がらなければなりません」。
「クラスメイトへ。命をかけて台湾の未来を守ってくれてありがとう」
会場には、さまざまなプラカードや絵、メッセージが掲げられている。
▲「貿易協定の民主主義的な審議を」
▲「民主主義の火を灯せ」
▲「自由の声が聴こえる」
▲日本語で書かれたメッセージ
院内で占拠を続ける学生たちに、外部の学生たちから物資とともに、応援のメッセージが届けられている。
▲壁に張られた学生からのメッセージ
壁にずらりと張られたメッセージカード。あるカードには、「クラスメイトへ。命をかけて、情熱を持って台湾の未来を守ってくれてありがとう」などと書かれていた。
運転手が「他のバスに抜かれる」からといって赤信号を無視してはいけない
院内では、時間ごとにゲストが招かれて集会や音楽のライブなども開かれる。この日、講演した車いすの男性は郝明義氏。馬総統の国策秘書を務めていた人物だが、サービス貿易協定についての提言を聞き入れない馬総統に見切りをつけ、職を降りた。台湾市場を中国産業に開放することの危険性を早くから説いていた人物だという。
この日、郝明義さんは院内で、学生に対してサービス貿易協定発効によって考えられる台湾への影響について説明した。郝氏は「この協定のことは、与党・国民党の議員でさえ詳細に理解できていない。『協定に入らなければ韓国に負ける』というが、それは政府が悪い。政府をバスに例えるなら、国民は乗客で、馬総統は運転手だ。『他のバスに抜かれる』という理由で赤信号を無視してはいけない」と述べ、非民主的に進められた審議過程を強く批判した。
▲学生に向けて協定の危険性を訴える郝明義氏
学生リーダーにインタビュー「立法院を占拠して真っ先に思い出したのが安田講堂事件」
▲IWJのインタビューに答える学生リーダー陳為廷氏
立法院議場を占拠した「黒色島国青年陣線」の陳為廷氏が、メディアからひっきりなしに取材を受ける中、IWJの単独インタビューに応じてくれた。
「黒色島国青年陣線」とは、2013年に結成された、学生を中心とした社会運動グループ。主要メンバーは20名ほどで、新自由主義支配の経済政策に反対し、人権や民主主義の重要性を訴えてきた。
リーダーの一人である陳さんは、1990年生まれの23歳。清華大学大学院の学生だ。2008年に起きた「野草莓学生運動(※)」をきっかけに政治や学生運動に関心を持ち始めて以降、都市開発への反対運動や中国による台湾メディアの独占に反対する運動を展開。台湾の各大学の青年連盟を結成した。
(※)野草莓学生運動――中国陳雲林・海峡両岸関係協会会長の来台に対する抗議のデモを、馬政権が暴力的に鎮圧したことについて謝罪、国家安全局超の解任などを求めた学生運動。
――今回、このような行動を起こした動機を教えて下さい。
「今回の運動に出たのには、3つの理由があります。台湾は今回の貿易協定によって影響される範囲がとても広いことを心配していること。また、台湾と中国との関係についても心配しています。今回の占拠の引き金は、国会における協定の審議過程に欠陥があったからです」
――陳さんが考えるサービス貿易協定の問題点について教えてください。
「今回の協定で中国の資金が台湾に流れてきて、広告産業に影響を与えれば、マスコミが影響を受けることは避けられません。中小企業も支配されるかもしれません。国家の安全に関わる橋や道路などの建設なども影響されるでしょう。このように、生活に多くの影響があることを心配しています。
馬英九総統が当選以来、これまで三回の学生運動が起きました。2008年の野苺学生運動と2011年のマスコミ独占を反対する学生運動と、今回の立法院占拠です。これらの運動は、どれにも中国と関係があります。中国の政権が国民の生活に影響を与えることを、みんな心配しています。それでいて、協定締結の過程が民主的に議論されていないし、正当な手順も踏んでいない。報道の自由や基本的人権、経済の自主権もどんどん減っていっていくでしょう」
――では、中国とどのような関係の構築を望みますか?
「中国との経済の交流は避けられません。例えば、金融と貿易の往来は良いのです。それらはやっぱり民主的な議論を通して境界線を作ることができます。
しかし今回の協定は不透明な過程で色んな問題が起きて、処理できなくなりました。ですから、今は国会に『両岸協定監督条例』という法律を作らせて、その条例でちゃんと問題を解決してほしいと思っています。中国と台湾はそれぞれ独立の国であるという前提で、経済などの色んな面で交流できたらいいと思います」
――今回の運動に対するメディアの報道をどう感じていますか?
「台湾のマスコミは昔からずっと問題があります。戒厳時代からマスコミは、一党制の国民党政権に握られていました。その影響が残っています。自由化以降、商業の利益を求めるので、みんなの目をひく流血映像やポルノなどでニュースを作っています。
例えば、今回の運動についての報道でも、学生らの中にハト派とタカ派があって対立しているという情報を捏造し、与論や運動を操作しようとしました。それだけでなく、今、もっとも重要な問題は、親中メディアも存在しているということです。
例えば、中天テレビと中国時報は中国に投資されて、まさに中国政府の立場に立ったマスコミだと言えます」
――台湾以外にも世界の国々で今回の運動が注目されていますが、世界にどのような影響を与えると思いますか。あるいはどのような反応を期待しますか?
「中国と台湾の関係は凄く厳しい問題があるということを知ってほしい。台湾は一歩も譲らずに民主主義の価値を守ってきた、独立した主権国家です。この事実を堅持していると認識されることには、とても意義があります。
また、台湾の状況はウクライナと似ていると思います。大国のある区域経済の状況において、小国が自分の国の自主性と経済の独立を保つのは、とても厳しい問題です。世界中の国々でも避けられない問題です。ウクライナでも、日本でもそうです。
例えば、日本もTPPの問題に直面しています。世界中の若者たちは、そういう問題について、一緒に考えなければならないと思います。ウクライナも一つの例になっているように、台湾の今回の学生運動も一例として世界に貢献することができると思います」
――この運動が与野党の政治闘争に利用されているという懸念はありませんか?
「政治とはもともと利用したり、争い合ったりする過程です。政党に利用されることを心配するのは、当たり前です。しかし、解決の方法はやっぱり人民の意志を団結させて、政党の色んな思惑を越えて、目標を達成することだと思います」
――日本の、陳さんと同世代の特に若者に向けてメッセージをいただけますか。
「学生運動に参加している我々は、実は、小さい頃から、日本で起きた1960年代の学生運動を見て。熱情を感じながら成長してきました。この議事堂に突入したときに、まっさきに思い出したのは、東京大学で起きた『安田講堂事件』です。今、もう一度思い出しても感情が高ぶって、たまらないです。
階級に反抗し、正義を実現したいのか、もしくは自分の運命を握把し、自主性を守りたいのか、世界中の若者たちが何かを求めている気持ちは、きっと同じでしょう。
だから、みなさんと交流し続けたいです。今回の貿易協定だけではなく、将来、もし台湾がTPPにも入ったら、TPPで強国と財界の間にいる弱者と人民は、台湾人でも、日本人でも、どうやって団結して一緒に強国と財団と対峙できるかが問われると思います。みなさんと一緒に手を繋いで頑張っていきたいと思います」
サービス貿易協定の行方は
日に日にサービス貿易協定の内容と、その審議プロセスへの反発が強まるなか、そもそも「強行手続き」自体に疑惑が持ち上がっている。台湾のNOW newsによると、17日に強行採決に踏み切り、国民党議員・張慶忠が協定を立法院へ送ることを宣言した点について、公式の会議記録文書には彼の発言が記録されていないという。
録音や映像が資料として出てこない限り、張の発言はなかったことになり、協定を立法院へ通すという決議は無効だ、という見方があることをNOW newsは報じている。
密室の中で交渉が進められ、内容もほとんど開示されず、国民的議論を経ぬまま、国民の声を無視して強行に既成事実化しようとしている構図は、TPPと非常によく似ている。この協定が暗礁に乗り上げれば、その影響は台湾に留まらず、世界中で進む新自由主義的な市場開放政策に楔を打ち込むことになる。【ドキュメント台湾国会占拠(9)】「協定は撤回せず」強硬姿勢崩さぬ馬政権に反発は数十万人規模に ~日本では「馬政権が歩み寄り」と対照的な報道も 2014.4.1へ続く。
IWJでは、IWJ台湾Chから、今も台湾全土で行われている抗議行動の模様を、現地市民の協力を得て報道し続けています。「持久戦」の様相を呈してきたこの事件。3月23日からは、原記者が現地に入り、生々しい抗議の模様や現地市民の声を体当たりで取材し、配信しています。この問題は、中国を米国に置き換え、ECFAをTPPに置き換えたら、非常によく似た構図となっています。IWJは苦しい財政状況ですが、可能な限り伝え続けたいと考えています。取材が持続できるよう、どうか緊急のご寄付、カンパのほど、そして会員登録をよろしくお願い致します。
[サービス貿易協定] 反対運動が全世界で3月30日(日曜日)に一斉に行われます。日本では東京 代々木公園 九州 福岡 仙台 京都会場は午後13:50、場所は京都大学法経済学部東館(5号)旁川堂。
参加希望の方は黒い服装にて。自作のプラカードも歓迎です。
[ひまわり]がこの運動のシンボルです。 ほえほえくまー!
国籍、民族、性別、職業問わず、皆様、是非とも御賛同のもと御参加ください。どうぞよろしくお願い致します。