参院選の喧騒の裏で秘密裏に盛り込まれた「敵基地攻撃論」 ~参院選2013各争点の総括と今後の見通し(IWJウィークリー12号より抜粋) 2013.8.5

記事公開日:2013.8.5 テキスト
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(IWJ・平山茂樹)

 「敵基地攻撃は自衛権発動の三要件を満たし、他に手段がないと認められる限りにおいて憲法上認められるものである」――。

 これは、7月9日に政府が発表した「2013年度版防衛白書」に記載された一文である。

 7月4日に参院選が公示されて以降、大手マスコミの報道は、注目候補の街頭演説や選挙活動の舞台裏、党首討論などで一色となった。

 自民・公明の圧勝が予測されていたものの、3年ぶりの参議院選挙である。大手マスコミは、衆参の「ねじれ解消」に焦点をあてた報道ぶりであったが、他にも、原発の再稼動、アベノミクスの是非、憲法改正、若年層の雇用対策など、多くの争点があった。IWJも、「2013参院選報道プロジェクト」と銘打ち、全国の候補者の街頭演説を中継するとともに、岩上安身が各党キーパーソンへのインタビューを行なった。

 マスコミの報道が選挙一色に染まる中、その間隙を縫うかのように、政府は「2013年度版防衛白書」を発表した。そこに、「敵基地先制攻撃論」が、はっきりと記されていたのである。しかし、大手マスコミの扱いは、非常に小さなものであった。

 冒頭に触れた、「2013年度版防衛白書」が記す「自衛権発動の三要件」とは、

1.わが国に対する急迫不正の侵害があること
2.この場合にこれを排除するために他の適当な手段がないこと
3.必要最小限度の実力行使にとどめること

の3つを指す。すなわち、敵基地への先制攻撃は、歴代の政府が憲法解釈上容認してきた、「個別的自衛権」の行使の範疇に入るということである。「憲法上認められる」とは、そういうことを意味している。

 小野寺五典防衛相は5日、選挙応援で入った地元の気仙沼で講演し、次のように発言した。

 「ミサイル防衛システムによってかなりの確率で迎撃できるが、何回も発射されれば、撃ちもらすことがあるかもしれない。もとを絶つことは最小限の能力として憲法でも認められており、将来の危機に備えて、いろいろ検討しなければならない」――。

 そもそも、小野寺防衛相が語った「ミサイル防衛システムによってかなりの確率で迎撃できる」という前提は、極めて疑わしい。元内閣官房副長官補の柳澤協二氏は、岩上安身のインタビューのなかで、「ミサイルを全部撃ち落とせるかといえば、それはもう、絶対に無理です」と語った。

 以下の図表のように、地上配備のPAC3でカバーできるエリアは限定的であり、あとはミサイルの飛来からは無防備な状態である。見ればひと目でわかるように、全国の原発はむき出しで無防備なままなのだ。

※日本のMD(ミサイル防衛システム) 図表作成:IWJ大西雅明

 海岸線にむき出しの原発を抱えたまま、戦争に突入する愚かさについては、岩上安身が、「原発と戦争のリスクは、それぞれ並列のリスクではない、『原発×戦争』という掛け算のリスクだ」と繰り返し発言し、警鐘を鳴らしてきた問題である。

 原発を抱えたままでは、敵地からの先制攻撃で指揮権を失ってしまう。専守防衛は原則だ。しかし、原発はやめられない、やめたくない。であるならば、先に相手を叩いてしまおう――。

 そう考えたのか、日本政府内から「敵基地攻撃論」があからさまに語られるようになった。

 しかし重要なのは、小野寺防衛相が、ミサイル防衛システムの強化からさらに踏み込むかたちで、「敵基地攻撃能力」の保有を検討していく必要があるという認識を示したことだ。

 「敵基地攻撃論」の口火を切ったのは、自民党の石破茂幹事長である。石破幹事長は、4月14日のフジテレビの番組内で「北朝鮮からミサイルを撃たれたて日本に落ちて、何万人と死んでから対応するのは遅すぎる」と、北朝鮮ミサイル基地への先制攻撃の必要性を語っていた(時事通信4月14日 リンク切れ)。

 石破幹事長、そして自民党国防部会の意向を受け、参院選中の喧騒を狙うかのように、政府は、「敵基地攻撃能力」を明記した「2013年度版防衛白書」を発表したのである。

 参院選での自公圧勝が判明した後、選挙期間中、マスコミの目の触れぬところで着々と進めていた計画を、政府は一気に具体化した。

 日本における安全保障政策の基本的方針である、「防衛大綱」中間報告の公表である。

 7月26日に政府が公表した「防衛大綱」中間報告は、「2013年度版防衛白書」を下敷きにしつつ、さらに踏み込んだ内容となっている。その主な内容は、以下の3点だ。

・敵基地攻撃能力に関し「総合的な対応能力を充実させる必要がある」と明記
・尖閣諸島をはじめとする島嶼部を防衛するための、自衛隊の「海兵隊機能」の整備
・武器輸出三原則の緩和

 政府は年末にも、「防衛大綱」を閣議決定する見通しだ。「防衛大綱」の閣議決定は、2010年12月17日以来。第2次安倍政権では、もちろん初めての閣議決定となる。

 「敵基地先制攻撃能力」を保有するということが、実際に「防衛大綱」に盛り込まれた場合、どんなことが想定されるだろうか。

 北朝鮮から、日本に向けてミサイルを発射するのではないかという兆候があり、自衛隊がその基地を先制攻撃したとする。そのことにより、仮に北朝鮮のミサイル発射基地を叩くことに成功したとして、事態は、はたしてそれで収まるだろうか。

 「最初の一撃」で、北朝鮮のミサイル攻撃能力や報復攻撃能力のすべてを奪えなかった場合、北朝鮮からの報復攻撃は避けられない。さらに北朝鮮の背後に構える中国が、黙って傍観しているという保障もない。

 また、先制攻撃の可能性を示したというだけで、「やられる前に先制しよう」、という緊張を高めることになる。すなわち、日本に対して先制攻撃を行う口実を与えることにもなりかねないのだ。

参院選の直前、7月12日に行われた岩上安身によるインタビューのなかで、生活の党の小沢一郎代表は、「敵基地攻撃論」について、次のように語っていた。

「攻撃を受けた時に、日本を守るために行使できるというものが自衛権なのであって、攻撃を受ける可能性があるから、『やっちまえ』という話になると、なんでもそうなってしまうと思いますね。これは、『どうもあいつは怪しい、だから先にやっちゃえ』という話です。これはもう、非常に危険な思想だと思いますね」――。

▲「敵基地攻撃論」への危惧を語る生活の党・小沢一郎代表―7月12日 衆議院議員会館

「どうもあいつは怪しい、だから先にやっちゃえ」という「敵基地攻撃論」は、従来の安全保障政策の基本を踏まえていない。戦後日本は一貫して抑制的な安全保障政策を採り、他国の脅威となるような装備や機能を持たないことで、東アジア地域の安定を維持してきたのだ。

「不安だから、強い兵器や部隊を持ちたい」。こういった、安倍政権のあまりに素朴な感情が、周辺国との緊張状態を招くことになる。「敵基地攻撃論」は、戦争を防ぐのではなく、むしろ、戦争の端緒を切るものになりかねない。

しかし、参院選における自民党の圧勝により、安倍政権の素朴な感情論に下支えされた「敵基地攻撃能力」の保有は、現実のものとなる公算が高い。

民意を国会に直接反映させる手段としての選挙は、当分の間、行われることはないだろう。では、私たち市民は、日本が戦争に突入しないよう、ただ願うことしかできないのだろうか。

太平洋戦争の開戦直前、大手メディアは一様に、米国との開戦を煽った。私たちはまず、大手メディアが、当時と同じ轍を踏まないよう監視することが必要だ。そして、自らもメディアの端くれで仕事をする人間として、「開戦やむなし」という雰囲気の醸成に釘を刺し、国際情勢を冷静かつ客観的に見渡せるような取材と記事の執筆を心がけていきたいと、心から思う。

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