【安保法制反対 特別寄稿 Vol.221~Vol.230】 「アメリカに嫌われてでも平和を貫く真の勇気を」「平和憲法は戦争直後の日本人にとって希望の光」「あるアメリカ人青年が教えてくれたこと」

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【安保法制反対 特別寄稿 Vol.221~Vol.230】

Vol.221 戦(いくさ)の文学と「戦争法案」 ノートルダム清心女子大学・原豊二さん

 文学研究の対象として口承の文芸というのがあります。「昔話」などがそれに該当します。普通の口承文芸は、長くても百年程でほぼ失われるようです。しかし、戦(いくさ)の記憶はこれらの平均寿命よりも倍以上の命脈を保つということです。それだけ、戦(いくさ)の悲劇は一般庶民にとって忘れられないものなのです。

 昨年、戦死した祖父の七十回忌に出席しました。多くの親類が集まりました。七十年経った今でも、先の大戦について多くのことが語られるのは、戦(いくさ)の記憶のあり方からして、むしろ当然のことなのだと思います。

 一方で、人の死を美学化する文学作品があるのも事実です。特に戦死者に対して美学化が行われます。すべての詳細な経緯を捨象し、思考停止を求める戦死者の「英霊」化には特に注意が必要です。私の祖父はどうやら餓死であったようですが、この死の原因は軍部の戦略ミスにほかなりません。「英霊」化とは、権力側による責任逃れの一手法でしかありません。

 さて、私は多くの戦死者が出るであろう安倍政権の「戦争法案」に強く反対します。彼の言う欺瞞に満ちた言説を検証し、本当の言葉で「平和」を考えていきましょう。

ノートルダム清心女子大学文学部 日本語日本文学科 准教授
原豊二

Vol.222 政権の誤ったアプローチ 三重大学(人文学部・経済学)・森原康仁さん

 「安保法案」は明白な憲法違反です。立憲主義にも背くものです。政権の誤ったアプローチにたいして抗議することは、民主主義を活性化させるプロセスにほかなりません。そしてそれは、近代の基本的価値に根ざす正当な行為です。

 私はこの法案に反対します。

森原康仁(三重大学人文学部・経済学)

Vol.223 アメリカに嫌われてでも平和を貫く真の勇気を 名古屋大学大学院文学研究科・藤木秀朗さん

 「平和を愛すると同時に勇敢でなければならない。」
 「まず平和を愛することだ。」
 「平和を愛し従順かつ勇敢であるようにしなければならない。」

 これらの文言は安倍政権が掲げる「積極的平和主義」の説明だと言っても何ら違和感がないだろう。「平和安全法制」の説明としてもしかりである。「平和」を愛しているからこそ、「その維持に努めている」アメリカ軍に協力すべく「勇敢」に自衛隊を海外に派遣しなければならないし、われわれはこの使命に「従順」にならなければならない、というわけである。

 このことを考えると、秘密保護法への反対運動の頃から広く出回り始めた、安倍をヒトラーに見立てるさまざまなパロディが単なる風刺ではないことを痛感させられる。上記の文言は、ナチのプロパガンダ映画『意志の勝利』(1935年)におけるヒトラーの演説中の一節だが、おそろしいほど安倍政権が進めようとしている政策にぴったりと符合している。

 両者が発する言葉はともに空虚で当てにならない点で共通している。耳障りのよい言葉で情動に訴えれば、人々は自分たちの政策に賛同すると考えている点でも同じである。

 しかし、幸いなことに、いまや私たちの社会では、30年代のドイツとは違って、そうした考えが政権のおごりでしかないことが明らかになりつつある。ますます多くの研究者たち、学生たち、市民たちが、そうした詭弁に疑問を投げかけ、多様な形で異議を表明している。

 政権は、これら多数の私たちの声を無視し、あたかも国会内の議員の数だけが民主的決定権をもっているかのように振る舞っているが、そうした欺瞞をそろそろ潔く放棄すべきである。現代の日本は、戦前戦中のドイツや日本ではない。各種世論調査でも明らかなように、平和は、戦争によってではなく、平和的手段によってこそ達成・維持されるべきだというのが多くの人々の願いだ。

 政権は、アメリカに追従して戦争を行う「勇気」ではなく、アメリカに嫌われてでも平和を貫く真の勇気をもつべきではないだろうか。

(藤木秀朗 名古屋大学大学院文学研究科)

Vol.224 平和憲法は戦争直後の日本人にとって希望の光となった 天理大学人間学部宗教学科講師・渡辺優さん

 すでに多くの法律家たちが指摘しているように、憲法との整合性を無視して集団的自衛権の容認に邁進する安倍総理の姿勢は、民主国家の根幹である法の安定性を危うくし、立憲主義の否定につながるものと危惧します。

 しかし、一思想研究者としての私に真に暗澹たる気持ちを抱かせるのは、現在の政治家や官僚たちの、人間理解の決定的な「浅さ」です。思うに、九条に象徴される現憲法の平和主義の裏には、戦争を経験した人々の、それこそ深淵の奥底まで覗き込むような、圧倒的な深度の人間理解が張り付いています。端的に言えば、それは人間がどれほど狂気を内に秘めた存在であるかという切実な認識ではなかったでしょうか。

 戦争において人間はどれほど残酷に、暴力的になりうるのかということ。戦争を始めるのは誰か数人の人間でも、ひとたび拡大した戦火と、そこに表出する狂気をコントロールすることは誰にもできないということ。そうした認識が戦争を体験した人々に広く深く共有されていたからこそ、平和憲法は戦争直後の日本人にとって希望の光となったのではないでしょうか。

 戦後70年が経つ今、私たちが学びなおし、取り戻すべきは、現憲法の根本にあるはずの人間理解の深さではないか。私はそのように考えます。

(渡辺優 天理大学人間学部宗教学科講師)

Vol.225 与党政治家という因果なお仕事

 安倍政権はアメリカ支配層から、軍事協力では「フルスペックの集団的自衛権」を、TPP交渉では「無条件降伏」を命令されている。いずれも国内世論や憲法上のハードルが高い事を政権は理解している。だが同時に、命令に背く選択ができないことも知っている。

 そこで政権は、「限定的集団的自衛権行使」、「新三要件」、「積極的平和主義」、「聖域死守」などという見え透いた嘘をつき、国民を騙し、アメリカ支配層の要求を丸呑みするつもりでいる。無理を押し通そうとするから、論理破綻は必然だし、カラクリに気付いた国民の反発も当然だ。

 しかし、政権を構成する「与党政治家」は、アメリカ支配層の忠実な家来としての「職務」を果たし続けるだろう。ブレることなく、疑問も持たず、良心などとっくに打ち捨てて。なぜなら、それがあの人たちの神聖な「お仕事」であるからだ。

 さて、納税者、そして有権者である私たちは何をすべきか。

 そう、怒りを持って、しかし冷静な戦略を駆使し、あの人たちを選挙で落とすことだ。

(TPP交渉差し止め・違憲訴訟原告 IWJサポート会員 近藤亮一)

Vol.226 「主権在民」が存在しない属国状態

 集団的自衛権と安保法制に関して、私は反対の立場を取りました。

 理由は、二つあります。

【1】 なぜ、日米地位協定や日米安保条約を改正してから集団的自衛権を議論するリードタイムを取らないのか?

 上記条約と協定を改正して日米が対等な立場にならないうちに、集団的自衛権を行使することは、日本の自衛隊を米軍の傭兵=戦闘奴隷として差し出すも同然です。

 なぜならば、それは米欧安保と日米安保との比較で明白です。米欧安保では、NATO諸国に敵軍が侵入した時点で即、米空軍の迎撃が明記されていますが、日米安保にはそれがありません。日本領土に敵軍が侵入しても米軍の迎撃は、米国議会決議があることと、侵入した敵軍が日本を占領できずに日本の施政権が維持されている、という2つの条件をクリアしなければなりません。

 つまり、敵国に日本が占領されたら米軍は反撃しません、と記載されているも同然です。このような不平等条約下での集団的自衛権行使容認は、自国の首を絞める売国奴だと判断せざるを得ません。

 更に、現行の日米地位協定下で、日本が集団的自衛権を行使すれば、米軍からいとも簡単に国外出動要請を自衛隊へ命令できるのです。この上下間の立場は、オスプレイの低空飛行訓練で、該当地域の住民運動の成果で明暗を分けました。米国内では低空飛行訓練が停止されたのに対して、日本では停止されなかったことからも、「主権在民」が日本には存在しないことが明白です。少なくとも安保や軍事の分野では、「主権在民」が存在しない=対等な立場ではない“属国状態”なのです。

米軍用語「ホストネーション・ノーティフィケーション」の意味が、属国のなんたるかを示していると思います。

【2】 二つ目の反対理由は、憲法73条が規定する内閣の職務に、「軍事」の記載がないにも関わらず、一内閣で軽々に推し進めることは、法治国家の対極にある人治国家を実現したことであり、独裁国家へのプロセスを歩んだわけです。

 日米安保条約と日米地位協定という日本国憲法を見下す位置から、日米合同委員会を通じて、安倍晋三は、軍事の分野という「主権在民」の存在しない分野でクーデターをおこし、次にTPPのISD条項を受け入れることで経済分野の「主権在民」さえもアメリカに献上しようとしていると危惧します。だから反対を主張します。

 TPPは、私企業による世界統治です。なぜ、紛争処理を国際裁判所でやらず世界銀行の下部組織で、しかも、非公開で行うのか? なぜ、ここに不公正さを感じないのか? 感じても主張できないのか?

 日本を独立国家として、同盟国アメリカと対等な立場で集団的自衛権行使を検討する為に、日米安保条約や日米地位協定を改正し、さらに加えて日本国憲法を改正してからやりなさい、これが私の主張です。

 自民党憎し、安倍憎しが私の根本ではありません。個別的自衛権で充分である理由の方が、明確で簡潔であると思います。

 戦争は人殺しをしあうことであり、人殺しを合法化し、正常な判断をさせない世論コントロールをしている事実そのものが、憲法違反である認識が広まるのだろうと予想します。安倍政権は、「寝た子を起こす」無意識的世論の逆鱗に触れているのではないか? と感じます。

(龍ちゃん)

Vol.227 あるアメリカ人青年が教えてくれたこと 神戸大学非常勤講師・小橋薫さん

 私はこれまで大学の英語教育を通して、日本語以外で情報を得ることの大切さを伝えてきたつもりです。

 つねに情報源を複数持ち、多角的視野のもと、自分で考えることのできる人間になってほしいとの思いを常に持ちながら、教壇に立ってきました。2012年に、私はひとりのアメリカ人青年に出会いました。

 彼の名はアーロン。

 2003年イラク戦争開戦の時、彼はデザインを専攻する大学生でした。しかし、州兵として登録していた彼は、米軍からの突然の電話で、イラクに派兵されることとなりました。最初は、「イラクの人を独裁者から救うんだ」と自分の任務を誇りに思ったそうです。

 しかし、派兵されていた1年余りの間、 彼や仲間の兵士たちが命令されたことは、 イラクの人々を救うどころか、 イラクの子どもたちに銃を向け、 人々を侮辱し、抑圧することだけ・・・

 任務が終了し、イラクの国境を越えた瞬間、 罪の意識に泣き崩れたそうです。

 今、私が大学で教えている若者たちに将来、アーロンのような苦しい思いをさせてしまったら・・・。

 イラクやアフガニスタンの人々だけでなく、アーロンを始め、多くのアメリカの若者をも苦しめる、14年にもおよぶ「対テロ戦争」。「集団的自衛権」という名の下に、この戦争に荷担し、日本の若者を同じように苦しめ、日本社会を巻き込むことを可能にする「安全保障関連法案」に、私は強く反対します。

(神戸大学非常勤講師 小橋薫)

Vol.228 軍事力至上からの脱却を 千葉大学教授・三宅明正さん

 20世紀の末から人間の安全保障という考え方が広がり、小渕内閣のときはこうした考え方に基づく政策もでました。それらと比べると、安倍内閣の施策はあまりに古くさくかつ貧弱な安全保障観で、安保法案=戦争法案という批判が出るのは当然です。経済、文化、外交など、さまざまな力を積み重ねてどういう社会を構想するのか、それが求められていると思います。

(千葉大学教授 三宅明正)

Vol.229 立憲主義擁護を第一義に! 静岡大学教授・橋本誠一さん

 代議士斉藤隆夫は、1938年2月、国家総動員法案を審議する衆議院本会議場において「議会が立法を為し、政府が行政を為す、如何なる場合に当っても此(憲法の)条規を踏み外すことは出来ない」と喝破し、立憲主義を擁護した。しかし、かつての日本は立憲主義の崩壊をくい止めることはできず、その後に戦争の惨禍と国家の崩壊を経験した。現在、我々の立憲主義は安保法制問題によって再び危機に瀕している。日本国憲法下の立憲主義を擁護することは国民主権や民主主義を守ることでもある。その意味で立憲主義の危機を克服することは現下の最優先課題でなければならない。そして、その方途は違憲の法案を廃案に追い込むことしかない。

 立憲主義は、安全保障問題の議論を否定するものではない。ただ、それは立憲主義の枠内で安全保障問題を議論することを要求するだけである。つまり、違憲法案のゴリ押しを止め、憲法改正論として安全保障問題を提起すればよいだけである。立憲主義と民主主義を標榜する限り、誰もこの手順に異議を唱える者はいないだろう。

 確かに立憲主義の危機は深刻である。しかし、同時にこの危機が我々の民主主義を鍛え、育てつつあることに確信を持ちたい。民主主義は闘いとともに成長する。

(橋本誠一 静岡大学教授)

Vol.230 世界を舞台に活躍している卒業生を危険にさらすことは絶対にできない 大阪市立大学教授・中瀬哲史さん

 私は、絶対に、安全保障関連法案の成立を認めません。

 これまでに日本が行ってきたあり方を覆すことになり、そして、世界において 日本企業の行ってきた貢献が無に帰してしまい、テロ組織等から標的になります。私は、他の先生方と同じように、少なくない学生を社会に送り出してきました。その卒業生の中には世界を舞台に活躍しているものもいます。このままこの法案を成立させると、彼らをも危険にさらすことになります。そんなことは絶対にできません。

 だからこそ、安全保障関連法案の成立を認めません。

(中瀬哲史 大阪市立大学教授)

 
安倍政権の集団的自衛権にもとづく「安保法制」に反対するすべての人からのメッセージ