【献本御礼】「治安維持法の拡大」「関東大震災の朝鮮人虐殺」「ナチス独裁」――「国家緊急権」が招いた歴史上の悲劇!永井幸寿著『憲法に緊急事態条項は必要か』(岩波ブックレット)

記事公開日:2016.3.12 献本御礼(ブックレビュー)
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 永井幸寿弁護士から発せられた切迫した警告である。

 「これは『独裁条項』というべきものです。つまりナチスの場合の国家緊急権より危険な内容です」――。

 自民党改憲草案に明記されている緊急事態条項が、いかに民主主義を眠らせ、心停止に追いこむ危険性をはらんでいるか。阪神・淡路大震災以降、21年間にわたって被災者の救済、災害関連法制にかかわってきた永井幸寿弁護士が、2016年3月5日に『憲法に緊急事態条項は必要か』(岩波ブックレット)を上梓し、その実態を暴いた。

 安倍政権は7月の参院選後に憲法改正を実現すると目標をたて、まず手始めに「緊急事態条項」を新設すると明言している。国民や野党の抵抗が少なさそうな部分から着手する「お試し改憲」だといわれているが、そんな気軽に導入していい条項ではない。

 IWJ代表の岩上安身は、現行の憲法秩序をいったん停止させる「緊急事態条項」を「麻酔注射」に例える。憲法秩序が眠らされているその間に、国会を通さず、法律と同じ効力を持つ内閣の政令がバンバン出されて、この国のかたちがどんどん変えられる。改造手術を勝手に施されるのである。これは「ショッカーの手口」であり、「ナチスの手口」でもある。悪の権化の所業であるといっていい。

 こんな危険な企てを考えている改憲勢力に、お試しで「麻酔注射」をさせていいわけがない。こうした緊急事態条項の危険性を、岩上安身の取材にこたえて最初に詳しく説いてくださったのが、この永井弁護士なのである。

永井幸寿著『憲法に緊急事態条項は必要か』
(岩波ブックレット、2016.3)

国家緊急権は「国家をもっとも上位に置き、権力を集中させ、基本的人権を制約する制度」

 国家緊急権(緊急事態条項)とは何か。近年の日本の憲法学者で最も高名な芦部信喜氏(1923~1999)は次のように定義づけている。

 「戦争、内乱、恐慌ないし大規模な自然災害などで、平時の統治機構をもってしては対処できない非常事態において、国家権力が国家の存立を維持するために、立憲的な憲法秩序(人権の保障と権力分立)を一時停止して非常措置をとる権限」

 ようするに「人権の保障」と「権力分立」を一時停止する制度だが、これは「人権思想」と真逆の考え方である、と永井弁護士は『憲法に緊急事態条項は必要か』に記している。

 立憲的な憲法秩序で、もっとも大事なのは「基本的人権」であり、これを実現するために国家がつくられ、権力を乱用しないために三権を分立させた。これとは逆に、「国家緊急権」は「国家」をもっとも大事にし、国家のために権力を過度に集中し、基本的人権を強度に制約する制度となっているというのだ。

「治安維持法の拡大」「関東大震災の朝鮮人虐殺」「ナチス独裁」――「国家緊急権」が招いた歴史上の悲劇!

 永井弁護士によると、当時、世界でもっとも民主的だといわれた「ワイマール憲法」のもとでナチスが独裁権を獲得したのも、第48条「国家緊急権(大統領緊急令)」の規定があったからだ。

 ナチスによる自作自演の疑いがある「国会議事堂放火事件」を利用し、すぐさま大統領に国家緊急権を発動させ、令状によらない逮捕拘束を可能にした。そのうえで共産党議員らを拘束し、抵抗勢力を排除したうえで、立法権を政府に委ねる「全権委任法」を強行採決。放火事件からわずか1カ月足らずのことだった。

 実際に国家緊急権を発動した名義人は、その権限をもっているヒンデンブルク大統領だったが、事実上はヒトラーが発したも同然だった。大日本帝国の場合も、「緊急勅令」や「戒厳」が天皇名義で発せられたが、実際に発したのは政府だったという。

 大日本帝国の「緊急勅令」は、議会が閉会している場合に、法律にかわる勅令を政府が天皇の名で発することができるというもので、平常にも関わらず「緊急時」であるとして濫用された。例えば最高刑を死刑に引き上げる「治安維持法改正案」が議会で廃案になった際には、「緊急勅令」で法案どおりに改正されたこともあった。

 他方、国の統治作用の大部分を軍事官憲に移すのが「戒厳」だ。関東大震災時にも「戒厳」が実施されたが、司令官は治安目的で、軍隊に武器の使用などを命じ、軍に一般市民が組織した自警団への指示権を付与。この権限は現場で濫用され、軍隊や自警団が多数の朝鮮人らを殺害した。この朝鮮人虐殺の原因は「大震災によるパニック」とされるが、本当の引き金は「戒厳」にあったのだ。

 内乱に至らなかった「二・二六事件」でも戒厳は適用され、これをきっかけに軍の権力は拡大。大日本帝国は国家緊急権の濫用の結果、軍隊が暴走し、太平洋戦争という究極の「緊急事態」を日本に招くこととなった。永井弁護士は同書の中で、そう述べていた。

自民党改憲草案「緊急事態条項」はナチス・大日本帝国を上回る「独裁条項」

 しかし、永井弁護士によると、自民党が改憲草案に明記する「緊急事態条項」は、戦前・戦中の日本やドイツを上回る危険性をはらんでいる、という。

 例えば「緊急事態条項」は、緊急事に内閣が法律と同等の効力をもつ「政令」を制定できるとしているが、「国会が機能しない場合」といった限定がない。大日本帝国の「緊急勅令」でさえ、勅令を発することができるのは「議会閉会の場合」だったにも関わらず、である。

 また、政令で制定できる対象の制限もない。すべての事項について政令を制定できるということは、国会の立法権が完全に内閣に移転することになる。これはナチスの「全権委任法」そのものである。ナチスでさえ、まずは「国家緊急権」を発し、第二段階で全権委任法を強行採決するというプロセスを経たが、自民党の「緊急事態条項」は、国家緊急権とともに全権委任法も含んでいるため、ひとたび「緊急事態」さえ宣言すれば、ただちに独裁が確立するのだ。永井弁護士は「ナチスの場合の国家緊急権より危険な内容です」と危機感を露わにしている。

 他にもブックレット『憲法に緊急事態条項は必要か』は、国家緊急権の歴史や、外国の国家緊急権事情を紹介。「どの国にも緊急事態条項はある」「緊急事態条項は災害対策に必要だ」という自民党の詭弁を暴いている。憲法改正がかかった運命の参院選が迫る今、全国民必読の一冊だ。

 永井弁護士には2015年12月19日、岩上安身がロングインタビューを行い、緊急事態条項の危険性を余すことなくお聞きした。サポート会員として記事全編をご覧いただきたい。

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