私は、途上国の法曹・官僚・大学教員などを主体とする留学生たちに、わが国の法制度、特に労働法を教えています。教育に際しては常に、立法の目的、立法手続きの正当性、法解釈の論理性と妥当性および実効性などに注意するよう指導しています。
ところが、近年、労働法の分野では、制度の本来的な趣旨・目的や建前を無視した無軌道・無節操な法解釈や法「改正」が横行しています。たとえば、就業規則を利用した労働条件の切り下げや、「オリンピックや震災復興のため」の外国人技能実習制度の期間延長などです。
さらに、いわゆる残業代ゼロ法案や、労働者派遣制度における相次ぐ規制緩和なども、労働者保護という労働法の本来的目的からきわめて説明困難なものと言うべきです。
そして、ついに法治国家としてあるための礎であり最後の砦である憲法までが、きわめて卑怯で恣意的な方法により、強引に骨抜きにされようとしています。
すなわち、経済政策を争点として前面に押し出した結果多数を獲得した政権与党が、突如として集団的自衛権を主張し、しかも正面からの9条改正が困難と見るや改正手続き規定から緩和しようとし、それも難しいとなると閣議決定で「解釈改憲」を押し通した挙句、大多数の憲法学者や史上、稀に見る規模で勃興する市民運動の声も無視して、集団的自衛権の行使を可能とする安保関連法案を衆議院で強行採決してしまいました。
私は、到底憲法との整合性を見出し得ないこの法案の内容に反対です。
また、卑怯な解釈改憲や非民主主義的な強行採決といったこれまでの経緯も許せません。さらに、この法案にちりばめられたワケのわからない文言や概念についても、この法案が導く可能性のある結果の重大性にかんがみて危惧を禁じ得ないし、そもそも法律としての体を成していないと考えています。
例えば、「わが国と密接な関係にある他国」とは、一体なんでしょうか。安倍首相が、脅威として名指しする中国はわが国にとって「密接な関係にある他国」ではないとでも言うのでしょうか。
私が教えている途上国からの留学生たちは、日本は高度に発展した民主主義的な法治国家であると信じて、その経験に学びたいという期待を胸に集まってくるのです。
ところが、わが国の現状は上記のとおりの体たらくですので、誇りと自信をもって教育にあたることが難しくなっています。私たち一人一人が声を上げ、この事態に歯止めをかけることで、「民主主義」とはどういうものかを私たち自身のためにも示さなければなりません。
(斉藤善久 神戸大学大学院国際協力研究科准教授)