あのナチですら、憲法違反によって統治したのではありません。ナチの場合は、憲法に記載のある大統領権限で憲法の諸条項を宙吊りにすることによって、全権委任法という無法を法としています。それはそれで途方もない問題ですが、悲しいかな、法治主義が侵害されていないという表向きの事実は残っています。今回の新安保法制においては、そのような最悪の手続きすら取られていません。これは最悪よりもさらに悪いということです。
行政は、明らかに憲法違反の法案を合憲であると言いつのることで、行政府に対する事実上の立法の授権を遂行しようとしています。この立法プロセス自体が、透明なインクで書かれた全権委任法だと私が言うのはそのためです。この、目に見えない法を法と認めるかどうかが問題です。私たちの依って立つ法治主義は、定義上、そのようなものを認めません。
それを有無を言わさず認めさせるという、アドルフ・ヒトラー氏さえあえてやらなかったことをやろうとしているのが安倍晋三氏です。
彼は、自分がミョウバン水で書いた全権委任法は愚か者の目には見えないと思っているのかもしれませんが、それは知性・教養という私たちの火であぶられ、いまやはっきり目に見えるものになっています。
高桑和巳 慶應義塾大学・准教授(現代思想論)