【IWJウィークリー第7号より抜粋】<IWJの視点>原佑介式モンゴリアン・チョップ2

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特集 秘密保護法

※IWJウィークリー第7号(2013年6月17日発行)より抜粋

<IWJの視点>原佑介式モンゴリアン・チョップ2
~6月9日(日)

モンゴリアン・チョップは、連発してこそモンゴリアン・チョップである。

 先週の原佑介式モンゴリアン・チョップでは、「日本版NSC構想」と「国家安全保障基本法」を取り上げ、「事実上の憲法改正」が進行しつつあることを指摘した。菅義偉官房長官が、日本版NSC創設法とともに、秋の国会で成立を目指すと明言した「秘密保全法」もまた、「国民の知る権利」などを侵害する「事実上の憲法改正」である。そうした観点から、2発目のチョップとして、今号は秘密保全法にスポットをあてたい。

 秘密保全法案とは、「国の安全」「外交」「公共の安全及び秩序の維持」の3分野の中から、行政機関が「国の存立にとって重要なもの」と判断した情報を「特別秘密」に指定し、特別秘密を漏洩した者、または特別秘密にアクセスを試みた者などを処罰する法案である。

 こうした概要だけを見れば、特に問題点のない法案にも思える。だが、具体的な中身を見てみると、多くの危険性をはらんでいることに気付く。

 まず、特別秘密を扱う者は、事前に「適正評価制度」と呼ばれる身辺調査にかけられる。調査事項は、「人定事項(氏名、生年月日、住所歴、国籍、本籍、親族等)」「我が国の利益を害する活動への関与」、「渡航歴」、「犯罪歴」、「信用状態」、「精神の問題に係る通院歴」などだ。

 「我が国の利益を害する活動への関与」が、具体的に何を指すのかは不明だ。どうとでも受け取れる曖昧な表現であることから、時の政権の意に反する抗議活動(脱原発運動、反TPP運動)への参加や、宗教活動なども含まれる可能性がある。外国との接点がある者が、それだけでスパイとなる可能性を疑われるかもしれない。これだけ国際化が進んでいる時代に、疑えばキリがなく、また、「仮想敵国」の設定も恣意的に進められる可能性がある。

 「人定事項」や「精神病の通院歴」などは、プライバシーの最たるものだろう。国籍は、帰化情報までさかのぼって調査するとされており、出自や病歴による差別が懸念される。

 また、対象者だけでなく、「配偶者のように対象者の身近にあって対象者の行動に影響を与え得る者」についても、同様の調査が行われると規定されている。配偶者だけでなく、恋人、家族などの一般国民にも国の調査が及ぶのだ。すでに先日可決した、国民一人ひとりの様々な個人情報を集約して管理する「共通番号法(マイナンバー法)」を「活用(悪用が正確な表現かもしれないが)」すれば、こうした調査もはかどることだろう。

 最高刑は「10年以下の懲役」と重く、長期3年以上の懲役が見込まれる場合、逮捕令状を待たない「緊急逮捕」も可能となるため、取材中、偶然「特別秘密」に接触したジャーナリストなどが、突如、令状なしに逮捕されるといったことも考えられる。

 秘密保全法の制定に向けた動きの発端は、2010年、「尖閣沖漁船衝突事件」の映像がインターネット上に流出したことだとされている。ビデオの流出を受けた仙谷由人官房長官(当時)は、同年11月8日の衆院予算委員会で、「国家公務員法の守秘義務違反の罰則は軽く、抑止力が十分ではない。秘密保全に関する法制の在り方について早急に検討したい」と述べ、「秘密保全のための法制の在り方に関する有識者会議」を設置。法案の中身を固めた。

 まるで国家機密が流出したかのような言いぶりだが、そもそもあのビデオは「秘密」に指定されておらず、海上保安庁内では研修資料として広く共有さえされていた。現に、ビデオの流出が国の安全や外交に重大な悪影響を与えた形跡もない。

 あまり知られていないことだが、日本の秘密保全体制は、すでに十分整備されている。・国家公務員法──国家公務員を対象とし、職務上知り得た秘密を漏洩した者などに対し、1年以下の懲役、または50万円以下の罰金。・自衛隊法──防衛秘密を取り扱うことを業務とする者の漏洩行為に5年以下の懲役。・日米刑事特別法──日米安全保障条約に基づく特別法。米軍の安全を害すべき用途に供する目的、または不当な方法による探知、収集、そして漏洩などに10年以下の懲役(日本は米軍の動向について情報収集できない、した場合は厳罰に処せられるという、実に不平等な法律である)。・日米相互防衛援助協定(MDA協定)──米国から日本に提供された装備品などに関する特別防衛秘密の探知・収集、漏えいなどに10年以下の懲役。

 日本の秘密保全体制は、これらの法で十分で間に合っていることが、秘密保全法有識者会議自身の取りまとめた報告書(官邸HP http://bit.ly/yAkD94 )によっても証明されている。

 報告書の中では、上記の法などに違反する「主要な情報漏えい事件等の概要」として、8件の事件が挙げられているが、起訴されたのはわずか2件だけである。一つは自衛隊法違反で懲役10ヶ月、もう一つはMDA協定違反で懲役2年6ヶ月、執行猶予4年。

 つまり、これまでの情報漏洩事件のほとんどが起訴猶予となっており、起訴されたケースにしても、決して重罪には問われていないのだ。これ以上の厳罰化を求める必要性がどこにあるのか。国民の知る権利、報道の自由、プライバシーなどの、憲法で保障された国民の権利を害してまで秘密保全法を作る根拠がないではないか。

 「尖閣沖漁船衝突事件」は、おそらく口実に過ぎない。本当の理由は、日米安全保障・防衛協力の強化にある、と思われる。問題は、その「強化」なつものの中身である。

 2005年10月に開催された日米安全保障協議委員会で、「日米同盟:未来のための変革と再編※」が公表された。その中では、日米間の安全保障、防衛協力のための必要不可欠な措置として「情報共有及 び情報協力の向上」という項目があり、「共有された秘密情報を保護するために必要な追加的措置をとる」と書かれている。(※外務省HP「日米同盟:未来のための変革と再編」 http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/usa/hosho/henkaku_saihen.html

 その追加的措置が、 2007年8月に新たに締結された、秘密軍事情報保護の取り決めである「日米軍事情報包括保護協定(GSOMIA)※」だ。GSOMIAの条文中には、たびたび「秘密軍事情報を受領する締約国政府は、自国の国内法令に従って、秘密軍事情報について当該情報を提供する締約国政府により与えられている保護と実質的に同等の保護を与えるために適当な措置をとること」という文言が登場する。

 (※外務省HP「秘密軍事情報の保護のための秘密保持の措置に関する日本国政府とアメリカ合衆国政府との間の協定」 http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/usa/hosho/kyotei_0708.html

 「米国と実質的に同等の保護を与えるための適当な措置」こそが、秘密保全法の制定なのだ。

 「情報共有をする上で、米軍情報が日本側から漏れては困るから、相応の法整備を」──。一見もっともらしいこうした米国の要求に応じるためには、憲法すら犯しても構わないというのが、自民党政権、民主党政権ともに共通する日本のスタンスなのである。

 それどころか自民党・安倍政権は、改憲草案の第9条の2項で、「国防軍の組織、統制及び機密の保持に関する事項は、法律で定める」と明記し、集団的自衛権の行使を可能とする「国家安全保障基本法案」の第3条で、「国は、我が国の平和と安全を確保する上で必要な秘密が適切に保護されるよう、法律上・制度上必要な措置を講ずる」と規定しているように、日本の戦争参加に向け、積極的に秘密保全法を活用していく方針を明確にしている。

 秘密保全法案が浮上した経緯からもわかるように、米国主導による、一部の官僚らの恣意的な情報統制が懸念される。

 特別秘密を扱う者は政府内部でも限られており、かつ、その情報が特別秘密として指定されるに足るかどうか、正当かどうかをチェックする機関の設立も想定されていない。不当な拡大解釈によって、本来、秘密に指定される必要のない情報まで隠蔽される恐れがある。

 国民投票を経ることなく「事実上の憲法改正」に着手する安倍政権は、民主主義、立憲主義を軽んずるあまり、「国民の知る権利」まで米国に売り渡してしまうのだろうか。