【岩上安身のツイ録】橋下徹氏からふっかけられた、言論の自由を脅かすスラップ裁判の場は大阪。委任のお願いのために弁護士の方へ会いに行く。大義は我らにあり。僕は笑いながら、支えてくれたすべての人々に感謝しながら戦う。最後の一瞬まで。 2018.2.14

記事公開日:2018.2.14 テキスト
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(岩上安身)

 体調を良好にするため、仕事は12時まで、帰宅して風呂にゆっくり浸かり、絶対に2時までには入眠する。と、こういう誓いを立て、会社内部でも、深夜の残業は延々としないと宣言もしているのに、結局、仕事の区切りをつけられたのが夜中の3時。ダメだろ、これじゃと、自分にダメ出し。

 月曜日は週明けで、どうしても各班や各人員とのミーティングが多くなってしまう。書き仕事などに移れるのが遅くなり、こんなことになってしまう。というのもいいわけか。毎日、同じだものなぁ。

 明日は大阪へ日帰りで往復。橋下氏からの不当なスラップ訴訟に対して、大阪地裁で裁判を行うことが決定したため、東京の弁護士とは別に大阪で弁護士をお願いしなくてはならない。そのために委任できるかどうか、紹介された弁護士に会いに行く。

 さまざまな付き合いがあって、すぐに会おうと言ってくださる弁護士が大阪にもいてくれる。そのこと自体は実にありがたいことだが、東京と大阪を往復して、資料を持っていき、面談するだけで1日、仕事にならなくなる。弁護団を組む、となると、どれだけ費用がかかることか。

 こうした経済的、体力的、時間的な消耗をさせること自体がスラップ訴訟の目的であるとされる。日本には反スラップ法がない。濫訴、やりたい放題である。

 維新は不祥事続き。元暴力団員が市議会議員になっていた。そうした人間を候補として公認してきた政党のトップの責任は問われてしかるべきだろう。他にも問題は山のようにある。そうした問題を指摘する批判的言論を萎縮させる効果が、スラップ訴訟にはある。

 言論の自由を侵害する、そうした不当な濫訴自体、許されてはならないはずだ。市民の言論の自由が脅され、萎縮されたら、民主主義は息絶え絶えとなる。

 僕はまず、ひとりのジャーナリストであり、IWJのコンテンツ全てに責任を持ち、全ての記事を全部リライトしている編集長であり、IWJの経営者でもある。そこにこの不当な裁判を戦うという使命が加わったわけである。

 裁判は負担である。途方もない負担である。自分だけの私的な利害に関わることであれば、和解ですまそうと考えるのは普通のことだ。たくさんの人が心配してくれて、中には「橋下氏のような人に関わらないで、争いは避けて」と言ってくださる人もいる。気持ちはとてもよくわかる。

 橋下氏の不当提訴に対して、応訴することを決意した、という言葉の意味がわからない人がいるようなので説明が必要かもしれない。提訴された時に、裁判で法に則って白黒をつけることを明らかし、その手続きをすることを応訴する、という。

 訴えられたから逆ギレして訴え返す、反訴する、ということではない。提訴に応じる、という受け身の表明である。この応訴には、細かい手続きがあり、それをきちんと手続きしないで放置し、時間がいたずらに経過してしまうと、提訴した側の言い分が全て通ってしまう。

 それも裁判所のお墨付きがついた上で、賠償金を払うだけでなく、敗訴したという烙印を押されてしまう。そんなことをしていたら、自身の言論の正当性を訴える機会も逸し、社会的信用も失い、金まで言いなりにぼったくられる。

 そんな戦わない人間は、「いいカモ」とばかりに、濫訴され放題となるだろう。言葉を俗っぽく言い換えれば「カツアゲされ放題」になってしまう。さらに問題なのは、この「手口」が模倣される怖さである。社会的な悪影響ははかりしれない。この裁判は自分ひとりの裁判ではない。

 明日、お会いする弁護士の方は、初めてお会いする方である。東京で引き受けてくれた梓澤先生のような、旧知の先生ではない。とんな方なのだろう? 電話口での話し方は、気さくで温かみを感じられる方だった。弁護団を編成しないと戦えないとなったら、本当に大変である。

 思いがけないことから、人とのご縁が生まれる。そのこと自体は、とても楽しいことだ。考え方を切り替えれば新しいチャレンジでもある。だが、気持ちひとつではどうにもならないのが、経済的な現実である。健康や体力は、これも防衛線を変えることで、ある程度はどうにかなる。

 僕の長年の持病である自律神経失調症は、IWJを設立し、その3ヶ月後の3.11以降の、休む間のない日々の中で悪化して、ついには冠動脈の攣縮という狭心症にいたるまでに悪化してしまった。

 僕の主治医は、「このままでは倒れる、ドクターストップ」という言葉を今まで2回しか口にしたことがない。一度目は、真冬に帯広へどうしても出張しなければいけなかった時。無理を押して雪の帯広へ飛んで、生まれて初めての狭心症の発作に倒れて救急車に担ぎ込まれた。

 結局、主治医の言う通りとなってしまった。その後発作は3回、計4回起きている。今も片時もニトログリセリンを手離せないない。そしてもう一回のドクターストップは、実は、昨年末から今年にかけてだった。

 10月の総選挙で、「ゆ党」の維新を含めて、改憲勢力が議席の3分の2を占めてしまい、緊急事態条項を筆頭に改憲発議が可能となってしまったこと。多くの人々が深く落胆してしまったためか、ご寄付が落ちて、今期の前期分だけで1千万円を超えるマイナスとなってしまったこと。

 2月と3月に、それぞれの事情で、柱となってきてくれたスタッフの「卒業」が重なり、その代わりとなる人がなかなか現れず弱っていたこと。劣勢巻き返しのためにも、ファンの方々から最もリクエストの多い僕のインタビューを極端に増やす無理に無理を重ねたこと。

 12月など2日に一回のペースでインタビューを続けていた。僕の、あるいはIWJのインタビューは、ゲストを呼んでゆるくトークする、というローテンションのものではない。徹底的に資料を集め、読み込み、パワポを作成し、凄いエネルギーを投入し、情報の質量をどこよりも高める。

 そうした気迫ある企画の連続が、たくさんの人の評価を得たのだろう。我々の経済的苦境を救うカンパが集まった。身体はボロボロになったが、なんとか経済的危機は切り抜けられるかもしれない、そう思った矢先に届いたのが、前触れなしの橋下徹氏からの訴状だった。

 主治医には、訴状のことを話さなかったが、年明けの診察で、「もうだめ、ドクターストップ」と告げられた。仕事から離れ、ストレスから逃れ、休まないと危険だと言うのだ。いや、そうは言われても、と僕は答えた。訴状が届いている。逃げることなんかできないんですよ、と。

 主治医は、IWJの初期からの会員の方で、僕の仕事内容などをよく知っている。事情もわかる。天を仰いで、「でも死んじゃうよ」と言った。一度目のドクターストップは的中し、帯広行きを止めるべきだったと悔いている方だ。医師としての見る目は確かで、確信があるのだろう。

 そうは言われてもですねぇ、と僕は、こう答えるしかなかった。ご支援がなくなってIWJが潰れても、最後まで筋を通す。妥協はしない。緊急事態条項が通るようであればどのみち潰されてしまうし。死なないギリギリまで、必死で仕事をするけど、逃げて背中傷など負いたくない。

 不当なスラップ訴訟で、戦いを挑まれたんだから、立ち向かわざるを得ない。無傷ですむとも思っていないが、傷を負うなら正面からの向こう傷以外、絶対にありえない。身体はボロボロ、財布はすっかんぴん、でも気持ちは全く折れてないし、実は燃えているんですよねぇ、と。

 主治医は、だいたい僕の話を聞くと呆れるというのが毎回のパターンなのだが、今回は、私も決心した、防衛線を徹底後退させる、と宣言した。「これまでは医師として患者を健康にしようと思って治療に当たってきたが、これからはギリギリ死なないようにしよう、と決めた」と。

 ありがたい。実にありがたい。わかってもらえた気がする。絶対に緊急事態条項の導入をさせない。絶対に戦争をさせない。絶対に売国的な新自由主義者たちに国を滅ぼささせない。絶対に原発事故を繰り返させないし、ミサイルの着弾も許さない。絶対にIWJは存続させる。

 絶対に民主主義を、自由を、法治を、国民主権を、基本的人権を守りぬく。そして、この橋下徹氏からふっかけられた、言論の自由を脅かすスラップ裁判を戦い抜いて勝訴する。大義は我らにある。そしてその上で、討ち死にはしない。生き残る。死なない程度に生き残ってやる。

 勝つのは我らである。生き残るのも我らである。俺の心臓よ、勝利の日まで止まるな。ここまで支えてくれできた人たちがいる。期待をかけて、頑張ってほしいと祈ってくれた人々がいる。ご支援くださって、他界してしまって、もうご恩を返せない人がいる。

 そんな人々に顔向けできない生き方ができるか。応援し、背中を押してきてくれた方々を裏切る生き方ができるか。国を蝕む売国の輩どもに、膝を屈するなど、想像することすらあり得ない。僕は何かポジティブなことをしたとしても、今生で自分にリターンをもう求めない。

 リターンを求めないから、結果を恐れない。僕の微力極まりない力は、世の何一つをも目に見える形で動かせないだろう。だが、僕のストロークはどこかにきっと届く。僕の生きている間に芽ぶかなくても、だ。果実は、ずっと遠くの、ずっと後世の、知らないだれかが得ればいい。

 僕は、笑いながら、歌いながら、戦う。卑劣漢にむざむざ倒されたりしない。戦って、勝ち抜いて、人生の充実を味わい尽くして、僕らを支えてくれたすべての人々に感謝し、その幸せを祈りながら、ぬけぬけと往生をとげてやる。その日まで僕の心臓よ、動き続けよ。

※2018年2月14日付けのツイートを並べ、加筆して掲載しています。

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