ごあいさつ
5年前、2010年の12月にIWJは小さな会社(今でも小さなままですが)としてスタートをきりました。本日の「饗宴」はIWJ設立5周年を記念する会でもあります。多くの方々に励まされ、支えられて、IWJはまる5年間、歩んでくることができました。この場を借りまして、厚く御礼を申し上げたいと存じます。ありがとうございました。
IWJを設立してわずか3カ月後に、3.11に遭遇し、以後、ひたすら事実を伝え続けることに奔走してきました。本来であれば、このひと区切りついたタイミングで、落ち着いて来し方行く末を考えたいところではありますが、あいにくと私たちにはこの5年間を、ゆっくりと振り返って懐旧する贅沢は許されていないようです。
激動の1年が暮れようとしていますが、あらゆる課題が2016年に持ち越されようとしています。私たちが警戒心を解いてくつろぐことができないのは、持ち越される危機のひとつひとつが、深まりこそすれ、穏やかな解決を見出せないのではないか、という懸念ゆえのことです。
戦後70年の節目であった2015年は、後世から振り返れば「戦後最後の年」と位置づけられるかもしれない、歴史の分かれ道ともいえる決定的な年でした。
年明け早々、フランス・パリでは、風刺週刊誌「シャルリー・エブド」襲撃事件が発生。直後には「イスラム国(IS)」による邦人人質事件が起こり、日本中に激震が走りました。事件は人質2人が殺害されるという最悪の結末を迎え、安倍総理は「罪を償わせる」と対決宣言。対ISの有志国連合に名を連ねる国の首相の発言ですから、ISはこれを「宣戦布告」の宣言と受け取ったことでしょう。
3月末には、中国主導のアジアインフラ投資銀行「AIIB」に、イギリスをはじめ、多くのEU諸国やBRICsなど、57カ国が次々と参加を表明。西側の主要国で参加を見送ったのは米国と、米国の顔色をうかがう日本だけでした。
斜陽の帝国である米国にひたすら隷従し、他方で世界経済の主要なプレーヤーであることを誰も否定できなくなった中国といたずらに反目してゆく日本という国のあり方は、世界中を見渡してみたときに、異様な奇観をなしていると言わざるをえません。とりわけ、米国にとってより重要な同盟国であるはずのイギリスやイスラエルが、AIIBに参加を表明した、その決断と対比するとき、より一層、奇妙さが際立ちます。
また、多くの国民の反対にもかかわらず、9月19日未明、違憲の疑いが濃厚な安保関連法案(戦争法)が、きわめて強引な採決により「成立」。日本は再び「戦争ができる国」へと生まれ変わろうとしています。米国の引き起こす戦争に地球の裏側まで自衛隊がほぼ自動的につき従ってゆく体制ができ上がってしまったことになります。
自国の憲法を蔑ろにし、「アベノミクス」という虚妄の経済政策で、我々の年金資金を8兆円も擦り減らし、海外には30兆円もバラまいて、他方で庶民の家計が逼迫し、窮乏化する愚策を重ねる。ひたすら対米隷従を続ける安倍政権は11月、米国が「砲艦外交」であると公言するTPPで「大筋合意」したと発表。米国に基地のための土地やカネだけでなく、主権さえも投げ渡そうとしています。
同じ11月、パリでは、ISによる「同時多発テロ事件」が発生。120名以上の市民が死亡し、オランド仏大統領は「前例のないテロ行為」と断定し、非常事態を宣言。フランス軍はシリアへの報復として空爆を強化し、米国、イギリス、ドイツなどもフランスの呼びかけに応じ、軍事作戦にあたっています。
中東をめぐる混乱は難民問題としても顕在化していますが、テロによる影響で、難民受け入れを拒否する声が各国で高まりつつあり、中東情勢はますます混迷を極めています。
そんな中、日本国内では、これまでにない「希望」を見出すこともできました。「15年安保闘争」という言葉がネットで踊りましたが、SEALDsをはじめ、全国各地の市民による安保法案反対の大きなうねりは、「60年安保」「70年安保」以来の大きな国民的運動にまで発展しました。
しかしながら安倍政権は、数の力をもってして、圧倒的な民意を押し切ってきました。
来夏は、いよいよ参議院が改選を迎えます。わずか7カ月後です。この参院選で安倍政権は、自民党改憲草案を引っさげ、憲法改正の必要性を世に問うとしています。すでに衆議院は改憲発議に必要な3分の2の議席を改憲勢力が占めていますが、参議院も、あとわずか11議席程度で改憲発議が可能な議席数に達してしまう情勢です。残念ながら世間一般ではこの事実さえ、理解も共有もされていません。
集団的自衛権の行使の際、解釈改憲に踏み切られようとも、実際に正規の手続きを踏んだ明文の憲法改正に至るまでには、まだまだ高いハードルがあると思っていた人も少なくないでしょう。しかし、実はすでに日本国憲法は崖っぷちに瀕しているのです。
しかも、ここに大きな落とし穴があります。
憲法改正といえば、9条の改正であると、改憲派も護憲派も思い込んでいます。しかし、安倍政権がその思い込みの裏をかいてまっさきに着手しようとしているのは、「緊急事態条項」の創設です。
「緊急事態」は、自民党改憲草案で新たに付け加えられた一章ですが、災害時などには必要なことではないかと漫然と受け取られ、与党だけでなく野党も反対せず、共産党、社民党をのぞく7党が同条項の導入に総論として賛成してしまっています。これは無知、無理解、油断のなせる技としか言いようがありません。
有事に「緊急事態」が宣言された場合、「内閣は法律と同一の効力を有する政令を制定する」ことができ、また、「緊急事態の宣言が発せられた場合には、(略)国その他公の機関の指示に従わなければならない」とも明記されています。
すなわち、この緊急事態宣言は、時の内閣が、国会の事前同意を必ずしも必要とせずに発令が可能で、国民の各基本権が停止させられ、公権力が制限なく全権を振るえるものであり、国会は完全に形骸化され、言論報道機関も統制され、行政府が立法府を兼ね、法律と同じ効力を持つ政令を国会にはかることなく乱発できて、予算措置の権限も持ち、期間の延長も恣意的にできて、誰もこの緊急事態宣言を終わらせることができないという、事実上無期限に、無制限の独裁的権力を行使できるという恐るべきものです。
これはかつてナチスが独裁を確立した「全権委任法(授権法)」と酷似しています。一般には、全権委任法によって、ナチスの一党独裁が確立されたと思われていますが、それよりも前、国会放火事件直後にヒンデンブルク大統領に出させた緊急事態宣言によって、反対派を徹底弾圧し、事実上、独裁権力を手にしていました。自民党の改憲草案に書き込まれた緊急事態条項の内容は、当時、世界で最も民主的と評されたヴァイマール憲法下の共和国体制を葬り去った緊急事態宣言より、はるかに危険な内容をはらんでいます。
実現を許してしまえば、「緊急事態」の名の下で、我々のあらゆる基本的人権は著しく制限され、もはや憲法の条文を変えるまでもなく、全権力を集中的に握った内閣によって、独裁的権力が行使されるでしょう。
麻生太郎副総理が口を滑らせた「ナチスの手口を真似たらどうか」とは、まさしくこのことだったのだと言わざるをえません。麻生副総理は、同時に「わーわー騒がないで」「静かにやろうや」「(ドイツは)誰も気づかれないうちに変わった」「(憲法改正は)喧騒の中で決めて欲しくない」等とも発言しています。当時は意図が不明の発言でしたが、今やその意図ははっきりわかるようになりました。反対派も、知識人も、メディアも、そして市民も、その危険に気づかないうちに、「本丸」の9条には手をつけないことで、油断させておいて、緊急事態条項によって全権を掌握してしまおう、という目論見です。これは上からのクーデターに他なりません。
自民党が導入を目指す緊急事態条項の内容は、「ナチスの手口」である大統領緊急令より、はるかに強力で、ナチスが全権掌握していったその轍を踏む可能性はおおいにありえます。しかも、米国という傾きかけた帝国の「属国」でありながら、国内ではファシズム体制という愚劣な政体が成立しかねない、まさに最悪のシナリオが想起されます。
こうした危機的な状況が眼前に迫る一方で、参院選を7ヶ月後に控えてなお、共産党の「国民連合政府」構想を掲げた「野党共闘」の呼びかけに対して、野党はまとまれず、時間だけがいたずらに浪費されています。反安倍政権の民意を野党が汲み取り、共闘できるかが参院選の大きな焦点です。繰り返しますが、改憲の発議まで、あとわずかに11議席。野党の動きもメディアの動きも鈍い。希望は、市民の覚醒と行動と連帯のみです。
そのためには、我々市民が現状を正しく見極め、危機感を共有し、この国のあるべき姿を政治に突きつけていかなければいけません。残された時間はわずかです。
IWJは、市民の皆様に直接支えられるメディアとして、5年間、生かされてきました。皆様のご支援によって、IWJはがむしゃらに走り続けながら、設立5周年をむかえることができましたことを重ねて御礼申し上げるとともに、権力や大資本におもねることなく、市民の皆様とともに併走し続ける、その姿勢は、これからも変わらないこと、貫き続けることを改めて誓いたいと思います。
「饗宴VI」は、メインタイトルに「『国民』非常事態宣言! 露わになった『ナチスの手口』/国家緊急権を阻止せよ!」という、この緊急事態宣言の危険性を真正面に見据えた直球のメッセージを掲げました。無骨ではありますが、私たちの真剣な危機感の表れとお考えください。むろんこのIWJ設立5周年記念の「饗宴Ⅵ」は、5年という大きな節目に、日頃からお支えいただいている、会員とサポーターの皆さん、そして「中継市民」をはじめとするボランティアの皆さんへ送る、懇親と謝恩の場でもあります。どうぞ、多彩なゲストの皆さんと交流を深めていただきたく存じます。
岩上安身