【IWJブログ・特別寄稿】歴史が目の前にある──70年の宝物を。 詩人・宮尾節子 2015.9.18

記事公開日:2015.9.18取材地: テキスト

 その日は「数の足しになる」と決めていた。枯木も山の何とかと言うではないか。なのに。うっかり美容院の予約も入れてしまっていた。政治もひどいが髪型もひどい。美容院に行くかデモに行くかとちょっと迷って。

 やっぱりこの日だけはと思い直し「すみません、デモに行くので」とキャンセルをお願いした。「はい。わかりました、何のデモですかー?」「えーと(なぜか言えない…)。国会前デモで検索してみてください。それです」なんて微妙なことを言う私。

 詩を書いていることがいつも何となく恥ずかしい。浮世離れしているようで。詩は大好きなのだけれど、妙な罪を抱えて生まれたような後ろめたさが常にある。詩書きはみなそうなのかもしれない。


「昔は戦争で国益を奪ったが、今はTPPが経済的植民地化の最後の仕上げだ」――AIIBの衝撃、TPP医療崩壊、辺野古移設と安保法制を徹底解説~第41回ロックの会 2015.5.9

記事公開日:2015.5.19取材地: テキスト動画独自

特集 TPP問題
※5月19日テキストを追加しました!

 IWJのコーディネートによる「第41回ロックの会 ~IWJ NIGHT~」が2015年5月9日、東京都内で行なわれた。

 全体を3つのパートに分け、Part1「覇権拡大する中国」では経済評論家の宋文洲氏を、Part2「TPP~医療保険制度の崩壊」では北海道がんセンター名誉院長の西尾正道氏と元農林水産大臣の山田正彦氏を、また、Part3「辺野古基地建設と安保法制」では衆議院議員の玉城デニー氏をゲストに迎えて、ホスト役の岩上安身が話を聞いた。


【岩上安身のツイ録】5月9日(土)「ロックの会~IWJ NIGHT」への誘い――中国の実像、TPP、辺野古新基地建設の3つのテーマを取り上げます! 2015.5.4

記事公開日:2015.5.5取材地: テキスト

※5月4日の岩上安身の連投を再掲します。

 5月9日に行われる41回目のロックの会は、僕がコーディネートを担当しました。3つのテーマで、ゲストの方にお話をうかがいます。その1は、中国の実像について。良いところも悪いところも含めて隣の超大国の実像を知り、付き合い方を考えます。中国のことは中国人に聞かなくてはわからない。

 ゲストは宋文洲さん。日本に留学して北海道大学で工学博士号を取得。ソフトブレーンを創業。経営コンサルタントとしても、評論家としても活躍。先日、僕の単独インタビューに応じてくれました。ざっくばらんで、フレンドリー、いろいろな意味で「話せる」人です。


【IWJブログ・特別寄稿】「明日戦争がはじまる」の作者です。こんにちは。(第1回) 詩人・宮尾節子 2015.5.5

記事公開日:2015.5.5 テキスト

 「鳥肌が立った。」「凄すぎる!」「この詩はすごい。この数十行の中に、今の空気が濃縮されている!」「詩って、こんなに凄い力があったのか!」「胸にブッチと、矢が刺さった感じがした。」「すごくリアルに見えてしまうこの時代がこわい。」「通勤電車で、涙が出そうになる。」「秀逸です。」「すばらしい。詩とは本来、このぐらいのパワーを持ったもの。小学校の教科書に載っている詩と称されるもの、あれはいったい何だ」「考える事、想像することを放棄してしまいそうないま。人間が人間として在るための。心が心として在るための。最後の砦のような詩だと思いました。ありがとうございました。」「背筋に冷たい水を浴びさせられたような気持ちになった。」


【IWJブログ・特別寄稿】「明日戦争がはじまる」の作者です。こんにちは。(第2回) 詩人・宮尾節子 2015.5.5

記事公開日:2015.5.5 テキスト

【IWJブログ・特別寄稿】「明日戦争がはじまる」の作者です。こんにちは。(第1回) 詩人・宮尾節子 2015.5.5の続き)

 「反戦詩」と呼ばれてしまうことへの戸惑いや抵抗を、長々と書いて参りましたが、以上のような訳で「政治的な動向が詩のきっかけではない」普通の暮らしのなかで感じた普通の者の思いです、ということがご理解頂けたならうれしいです。

 ただ、これを書こうとしている時に、大変共感できる「二人の政治的(あるいは思想的)人物」との大きな出会いがありました。最後に(と言いながら、これからが長くなってしまいそうですが)、その二人のことに触れたいと思います。


【IWJブログ・特別寄稿】「明日戦争がはじまる」の作者です。こんにちは。(第3回) 詩人・宮尾節子 2015.5.5

記事公開日:2015.5.5 テキスト

【IWJブログ・特別寄稿】「明日戦争がはじまる」の作者です。こんにちは。(第2回) 詩人・宮尾節子 2015.5.5の続き)

 日本の憲法が「平和憲法」と呼ばれるのは第9条において「戦争放棄」をはじめとして、平和主義を掲げているからです。その有名な「9条」がいったいどのような経緯で決められたかという、詳しい事情を恥ずかしながら、わたしは知りませんでした。

 しかしあるとき偶然、その当時の事情や経緯にふれた、非常に生々しい資料に出くわしました。そしてその文章にわたしはひどく感動しました──。そこには思考停止にはげしく抗ったひとりの人間の「苦悩と葛藤」が、血がにじむようにして、文面に言葉をにじませていたからでした。