緊急集会「被爆者は核兵器禁止条約を求める」 2016.11.25

記事公開日:2016.12.14取材地: 動画

 2016年11月25日(金)18時より東京都千代田区の参議院議員会館にて、緊急集会「被爆者は核兵器禁止条約を求める」が開催された。


広島平和記念式典(広島市原爆死没者慰霊式並びに平和祈念式) 2016.8.6

記事公開日:2016.8.6取材地: 動画

 広島への原爆投下から71年となる2016年8月6日(土)、広島市中区の平和記念公園で8時より行われた平和記念式典の模様を配信した。


被爆地ヒロシマが被曝を拒否する ―過去は変えられないが未来は変えられる― 伊方原発運転差止広島裁判 2016.4.28

記事公開日:2016.5.2取材地: 動画

 2016年4月28日(木)、広島県広島市のKKR ホテル広島にて、伊方原発広島裁判応援団主催により、「爆地ヒロシマが被曝を拒否する ―過去は変えられないが未来は変えられる― 伊方原発運転差止広島裁判」と題した集会が開催された。


被爆70年 広島・長崎は、なんだったのか? ―今を戦前にしないために 2015.10.17

記事公開日:2015.10.17取材地: 動画
音楽劇「まほうのたね」

 2015年10月17日(土)、東京都千代田区の日比谷公会堂で被爆70年のつどい実行委員会主催による「被爆70年 広島・長崎は、なんだったのか? ―今を戦前にしないために」が開催された。


【再掲】 「なんであんな殺され方をしたのか、私は知りたい。あの世で、ちゃんとお兄ちゃんに説明できるように」――原爆投下から70年。広島の被爆者が語った原爆被害と戦争への思い 2015.7.23

記事公開日:2015.8.6取材地: テキスト

 原爆写真の収集・保存に取り組む「反核・写真運動」が、合計830点の原爆写真をまとめた『決定版 広島原爆写真集』『決定版 長崎原爆写真集』(勉誠出版)をこの夏、出版する。これに先行し、2015年7月23日、東京・文京シビックセンターで「原爆投下70年―広島・長崎写真展」が始まった。ギャラリーには初公開のものも含め、約80点の原爆写真が展示された。

 「私は自分の『広島』しか知らない。だから、他の人たちはどういう体験をしたんだろうと思って。10万人いれば、10万人の体験があるから」

 広島で被爆した天野文子さん(84)はじっくりと写真を見つめていた。


広島平和記念式典・現地の模様 2015.8.6

記事公開日:2015.8.6取材地: 動画

 2015年8月6日(木)、原爆死没者の霊を慰め、世界の恒久平和を祈念する平和記念式典が広島市の平和記念公園で行われ、その現地の模様を中継した。


被爆70年 8・6ヒロシマ大行動 ~アピール集会 2015.8.6

記事公開日:2015.8.6取材地: 動画

 2015年8月6日(木)、被爆70周年8・6ヒロシマ大行動実行委員会主催によるアピール集会が、原爆ドーム前で行われた。


日本全国上映が幻となった映画「ひろしま」、被爆者の真実に迫る秀作が海外にも広まる 2014.8.15

記事公開日:2014.8.20取材地: テキスト動画

 1952年に日教組が制作を決定し、関川秀雄監督により、広島市民の全面的な協力を得て1953年に制作された、映画「ひろしま」――。1955年には、第5回ベルリン国際映画祭長編映画賞を受賞している。

 原爆を題材とした日本を代表する映画「ひろしま」を、日本が敗戦した日である8月15日に、市川市の市民団体「トランジション タウンいちかわ」が主催で上映し、『映画「ひろしま」奇跡への情熱・核廃絶プロジェクト』のゼネラルプロデューサー・ディレクターを務める小林一平氏のゲストトーク、展示会が開かれた。


「川は『人間の筏(いかだ)』だった」広島原爆体験者が伝える戦争の恐怖と反戦の意義 2014.8.6

記事公開日:2014.8.6取材地: テキスト動画

 広島に原爆が投下されて69年目を迎える8月6日、東京都江戸川区の密蔵院にて、「100年後の8月6日で伝える1時間、今から作る」と題されたイベントが「8.6 One Night 東京」の主催で開催された。

 密蔵院の本堂に、福岡県星野村の平和の塔から伝わる原爆の残り火を供え、当時17歳で広島原爆を体験した菊野孝人さんが自らの体験談を語った。


原爆投下から69年、「核兵器廃絶」「反戦」広島市長が政府に提言 2014.8.6

記事公開日:2014.8.6取材地: テキスト動画

 2014年8月6日――原爆が投下され、69年目の朝を迎えた広島は、大雨洪水警報が発令され、強い雨に見舞われていた。

 平和記念公園で開催された原爆死没者慰霊式・平和祈念式には安倍総理のほか、米国のケネディ駐日大使など、68カ国の代表らも参列。雨の中の式典開催は43年ぶりだが、約4万5千人もの市民が参列した。


原爆ドーム対岸での「ピースメッセージとうろう流し」 2014.8.6

記事公開日:2014.8.6取材地: 動画

 69回目の原爆の日を迎えた6日、広島市中区の原爆ドーム前を流れる元安川では犠牲者をしのぶ灯籠流しが行われた。


広島原爆投下の日、ローレンス・リバモア国立研究所前での平和祈念集会 2014.8.7

記事公開日:2014.8.6取材地: | | 動画

 広島へ原子爆弾が投下された8月6日、アメリカ・カリフォルニア州のローレンス・リバモア国立研究所前で平和祈念集会が開かれた。


「愚かな国民には、愚かな政府。安倍政権の暴走は自民党に投票する者がいるからだ」 〜小出裕章氏講演会 2014.6.18

記事公開日:2014.6.18取材地: テキスト動画

 「今の日本では、オリンピックに反対する人間は非国民のように言われる。しかし、福島の事故をなかったことにして、被災者を見捨てるような、こんな国なら、私は喜んで非国民になろう。そうやって抵抗しなければ、戦後が戦前になる日も近い」──。

 2014年6月18日、沖縄県那覇市の沖縄大学で、沖縄大学創立56周年記念事業の一環として、京都大学原子炉実験所助教の小出裕章氏が「原子力と核 〜戦後世界が戦前に変わる日」と題した講演を行った。3時間近くにわたった講演は2部に分かれ、広島と長崎の原爆、原子力発電の仕組み、福島原発事故での放射能汚染とその危険性、日本政府の核開発の実態などが語られた。さらに小出氏は、原発と同じように、基地を押し付けられた沖縄についても言及した。


「福島では、家、畑、山林、墓場まで奪われた。究極の公害だ」 〜縮小社会研究会 米澤鐵志氏、石田紀郎氏 2014.3.1

記事公開日:2014.3.1取材地: テキスト動画

 「環境調査とは、問題を抱える住民と意識を共有し、その苦しみを理解すること。問題の社会化、経済化、政治化の過程を繰り返し、問題解決に恊働することだ。単なるサンプル集めではない」──。  このように語った石田紀郎氏は、「福島」という枕言葉を付けるだけで、1プロジェクトにつき2~3億円の予算がつく総合地球環境学研究所について、「福島のことは何もやっていない」と批判した。


「44トンのプルトニウム処理に必要なフルMOX大間原発」 〜第2回脱原発弘前映画祭 講演 小出裕章氏ほか 2014.2.15

記事公開日:2014.2.15取材地: テキスト動画

 「広島原爆の1万4000発分の死の灰が溜まっている」という、福島第一原発4号機の使用済み燃料プールついて、小出裕章氏は「現在、その貯蔵燃料を移動している。それが完全に達成できたら、今後、大量の放射性物質が吹き出すことはないと思う」と希望を語り、また一方で、次のような懸念を述べた。

 「しかし、事故は収束していない。すでに、炉心がどこにあるかわからない。汚染水もあふれ出ている。それにもかかわらず、日本政府は事故を忘れさせようと策謀をめぐらす。自民党は、停止中の原発を再稼働させようとし、新設、海外輸出までしようとしている」──。

 2014年2月15日(土)、青森県弘前市の弘前文化センターで開催された「AFTER311 第2回脱原発弘前映画祭」の中で、京都大学原子炉実験所の小出裕章氏の講演・トークイベントが行われた。小出氏は、福島原発と青森の現状、そして、今後の課題について、前後半の2部に分けて講演した。


68年前の8月6日の3日後、広島の街に辿り着くと、まさに『べっしゃんこ』だった 〜「100年後の8月6日で伝える1時間、今から作る。」 奥田豊治氏講話 2013.8.6

記事公開日:2013.8.6取材地: 動画

 現在83歳で、東京都江戸川区原爆被害者の会(親江会)の会長を務める奥田豊治さんによる広島原爆と被爆体験について語られた。

 68年前、当時15歳だった奥田さんは、山口県の中学校に通い、中学4年生だった(※当時中学5年制度)。農村の働き手のほとんどが兵隊に行き、中学生だった奥田さんは農作業の手伝いに行き、中学3年になると、下関の工場で働きに行き、結局、学校に通ったのは僅か1年程度だったという。

 中学3年生の終わり頃に、陸軍学校の受験をし、一次試験を通ることになった。その後、『憲兵』という軍隊の警察が家に付き、身元調査がおこなわれることになる。家族、両親だけに留まらず、親戚もその対象となり、主に、思想関係をずっと調査されたという。その憲兵から広島原爆投下の8月6日の日に、「新型爆弾が投下された」と知らされ、下関から広島に行くことになった。奥田さんは、広島原爆が投下された3日後に何とか列車に乗り継ぎ、広島の街に辿り着いた。広島に着くと、街はまさに「べっしゃんこ」だったという。


原爆投下から68年、松井市長「原爆は絶対悪」 ~広島市原爆死没者慰霊式並びに平和祈念式 2013.8.6

記事公開日:2013.8.6取材地: テキスト動画

 広島市は6日、原爆投下から68年目の朝を迎え、平和記念公園では、「原爆死没者慰霊式並びに平和祈念式(平和記念式典)」がとり行われた。広島市の松井一実市長は、平和宣言の中で、「原爆は『絶対悪』です」と断じ、核兵器の廃絶を訴えた。


「米軍機が上空から撒いたビラに日本地図が描かれ、広島のところに『?』マークが…」 ~竹本成德氏講演「『被爆の実相』~ヒロシマを今、私自身のことばで~」 2013.8.4

記事公開日:2013.8.4取材地: テキスト動画

 「1945年のある日、米軍機が上空から撒いた宣伝ビラを拾った。ビラには日本地図が描かれ、なぜか広島のところに『?』マークが記されていた。あれは原爆投下の予告だったのかもしれない」―。

 2013年8月4日(日)14時、神戸市東灘区の東灘区民センターにおいて、「『被爆の実相』~ヒロシマを今、私自身のことばで~」と題する講演会が開かれた。講師(語りべ)を務めた竹本成德氏(コープこうべ元理事長・日本生協連元会長)は、14歳のときに広島市内で被爆した実体験をもとに、原爆投下後の阿鼻叫喚(あびきょうかん)の実相(真実)を聴講者に語った。


映画『ひろしま』東海村上映会の講演部分(講演:肥田舜太郎氏、堀潤氏、小林一平氏ほか) 2013.7.5

記事公開日:2013.7.5取材地: テキスト動画

 2013年7月5日(金)12時より、茨城県那珂郡東海村の東海文化センターで、映画『ひろしま』の上映会と、肥田舜太郎氏、堀潤氏、小林一平氏、東海村住民(村上達也東海村村長が欠席のため)による講演会が開かれた。医師の肥田舜太郎氏は、広島の原爆で被爆しながらも、96歳の今なお健在であり、その長生きの秘訣を語った。また、広島の被ばく者を多く診てきた経験から、「福島の被害は、まだ序の口だ」と警告した。後半は、ジャーナリストの堀潤氏が、自身が体験した、アメリカのサンオノフレ原発(廃炉決定)に関するパブリックミーティングの様子や、これからの脱原発運動の課題などを語った。


「子どもたちは今!」~原発、偏見・差別につながる実態を考える~ 中嶌哲演氏講演 2013.3.16

記事公開日:2013.3.16 テキスト動画

 2013年3月16日(土)14時から、岡山県倉敷市の日本キリスト教団倉敷教会で、「『子供たちは今!』~原発、偏見・差別につながる実態を考える~ 中嶌哲演氏講演」が行われた。住職であり、長い間、反原発運動に携わってきた中嶌哲演氏が、活動をする中で見えてきた、原子力と被曝、それに伴う差別の問題について、講演を行った。