HIBAKUSHA APPEAL「ヒバクシャ国際署名」トークイベント(広島市) 2016.8.6

記事公開日:2016.8.6取材地: 動画

 核兵器禁止条約の制定を求めた署名を毎年国連へと届けることを目的として広島・長崎の被爆者らが中心となり呼びかけた「ヒバクシャ国際署名」が、署名活動の発足イベントを2016年8月6日(土)18時より広島市中区の広島グリーンアリーナで行った。


『核の戦後史』出版記念 原爆・原発・被曝の真実に迫る!岩上安身による木村朗氏・高橋博子氏インタビュー 2016.4.11

記事公開日:2016.4.12取材地: 動画独自

 2016年4月11日(月) 、東京都港区のIWJ事務所にて、「 『核の戦後史』出版記念 原爆・原発・被曝の真実に迫る!」と題して、岩上安身による木村朗氏・高橋博子氏インタビューが行われた。


放射線に関する政府の全面広告・安全キャンペーンに科学者や医師が真っ向から批判 2014.9.15

記事公開日:2014.9.15取材地: テキスト動画

 『放射線についての正しい知識を』――8月17日付の全国紙に、政府広報・復興庁が全面広告を掲載した。これに対し、9月15日、「市民と科学者の内部被曝研究会」や賛同者11名が集い、政府広告の批判文書を作成したことに関する緊急記者会見とシンポジウムを上智大学で行なった。


【IWJブログ】「集団的自衛権の閣議決定は憲法を踏みにじる暴挙です!」――長崎平和式典で安倍総理を前にして果敢に批判した被爆者・城臺美弥子さんが胸の内を激白 「戦争への道は絶対に許せん!」 2014.8.20

記事公開日:2014.8.20 テキスト

 人類史上初の原爆投下から69年が経ち、今年も広島、長崎では核廃絶を訴える平和記念式典が開かれた。2つの「原爆の日」は、戦争をめぐる市民と政府の考えの違いを浮き彫りにし、現場では、さまざまな立場の人間の思いが交差した。

 IWJは式典の模様をUst中継し、式典参列者に多数のインタビューを敢行した。さらに、安倍総理の目の前でアドリブを交えながらスピーチし、集団的自衛権をめぐる解釈改憲を糾弾した被爆者代表の城臺美弥子(じょうだい みやこ)さんへインタビューも行い、止むに止まれぬ思いを聞いた。


原爆被害は過去のことではない〜岩上安身による東神戸診療所・郷地秀夫所長インタビュー第二弾 2014.8.16

記事公開日:2014.8.16取材地: テキスト動画独自

 原爆症は過去のことではない。東神戸診療所所長の郷地秀夫氏はそう考える。投下から何十年を経ても、原爆被害は未解明の部分が大きい。現時点の医学的通説で、すべてを語ることができないはずだ――。

 郷地氏は、原爆症認定を求める訴訟の支援を通じ、この問いに向き合ってきた。被爆者の診断を35年続けてきた経験を持ち、「原告の陳述書を何度も読み、直接会ってお話を聴くうちに、この人たちは、どう考えても、原爆症であると確信した」と語る郷地氏の言葉は重い。

 8月16日、郷地氏は東神戸診療所で岩上安身のインタビューに応じ、3.11後に被爆者が置かれた状況、戦争被害の補償に対する国の姿勢を中心に語り、原爆によって破壊されたものを取り戻すための戦いが、今も続くことを訴えた。


「母が、弟が死んでも涙がでなかった」 長崎原爆で家族全員を失った被爆者の告白、自らも覚悟した被爆死(原佑介記者) 2014.8.9

記事公開日:2014.8.14取材地: テキスト動画独自

 広島、長崎に人類史上初の原爆が投下されてから69年が経った。

 被爆者の今年の平均年齢は79歳を上回った。戦争体験や被爆体験を語り継ぐ世代が少なくなると同時に、戦争や原爆に対する国民の理解がいよいよ薄まってきている。そんな中、7月には集団的自衛権の行使を容認する閣議決定がなされ、再び日本は戦争への道を歩もうとしている、と懸念する声も少なくない。

 IWJは広島、長崎の平和記念式典を取材するとともに、戦争、原爆体験者の生の声をすくい上げ、語り継ぐべく、8月9日、長崎原爆被災者協議会で事務局長を務める被爆者の山田拓民さんに話をうかがった。


長崎原爆記念日に原爆被爆者と原発事故被災者の話を同時に聞く集い 2014.8.9

記事公開日:2014.8.9取材地: 動画

 長崎に原爆が投下されてから69年目となる2014年8月9日(土)10時より、札幌市白石区のノーモア・ヒバクシャ会館で原爆被爆者と原発事故被災者の話を聞く集いが行われた。

 北海道被爆者協会会長の越智晴子氏(91)が22歳のときに広島で被爆した体験を語り、福島県富岡町出身で、原発事故後、伊達市から札幌に避難した宍戸隆子氏が、今に続く福島の状況を語った。


「川は『人間の筏(いかだ)』だった」広島原爆体験者が伝える戦争の恐怖と反戦の意義 2014.8.6

記事公開日:2014.8.6取材地: テキスト動画

 広島に原爆が投下されて69年目を迎える8月6日、東京都江戸川区の密蔵院にて、「100年後の8月6日で伝える1時間、今から作る」と題されたイベントが「8.6 One Night 東京」の主催で開催された。

 密蔵院の本堂に、福岡県星野村の平和の塔から伝わる原爆の残り火を供え、当時17歳で広島原爆を体験した菊野孝人さんが自らの体験談を語った。


原爆投下から69年、「核兵器廃絶」「反戦」広島市長が政府に提言 2014.8.6

記事公開日:2014.8.6取材地: テキスト動画

 2014年8月6日――原爆が投下され、69年目の朝を迎えた広島は、大雨洪水警報が発令され、強い雨に見舞われていた。

 平和記念公園で開催された原爆死没者慰霊式・平和祈念式には安倍総理のほか、米国のケネディ駐日大使など、68カ国の代表らも参列。雨の中の式典開催は43年ぶりだが、約4万5千人もの市民が参列した。


原発メーカー訴訟と韓国人被爆者2世 金亨律氏をつなぐ反核の意志 〜翻訳家 青柳純一氏 2014.4.23

記事公開日:2014.4.23取材地: 動画

 「韓国社会では『広島と長崎の原爆投下のおかげで終戦となり、自分たちは日本から解放された』との考え方が支配的で、韓国人被爆者の存在は無視されていた。そんな中で被爆2世が、核の恐怖、次世代への影響を訴えた」──。

 2014年4月23日、大阪市天王寺区にある大阪南YMCAで、「在韓被ばく者の現状&原発メーカー訴訟原告交流会」が開かれ、『被ばく者差別をこえて生きる ― 韓国原爆被害者2世 金亨律とともに』(三一書房)の著者で、翻訳家の青柳純一氏が講演を行った。青柳氏は、自身が原告として参加している原発メーカー訴訟と、2005年に34歳で亡くなった韓国原爆被害者2世の金亨律(キム・ヒョンニュル)氏について語った。


福島原発事故後の「健康に対する権利」実現に向けて~国連特別報告者アナンド・グローバー氏招聘・院内勉強会 2014.3.20

記事公開日:2014.3.20取材地: テキスト動画

 福島原発事故後の人々の「健康に対する権利(到達可能な最高水準の心身の健康を享受する権利)」をめぐり、来日した国連人権理事会の特別報告者であるアナンド・グローバー氏を招いて、3月20日、参議院議員会館で院内勉強会が開かれた。

 グローバー氏は、福島原発事故後の日本政府による対策が、住民の健康に対する権利にかなうものであるかを確認、検討する目的で2012年11月に来日し、住民らへの聴きとり調査を実施。翌年5月に調査結果をとりまとめ、日本政府への勧告(※注1)として、報告書を国連人権委員会に提出した。


「福島では、家、畑、山林、墓場まで奪われた。究極の公害だ」 〜縮小社会研究会 米澤鐵志氏、石田紀郎氏 2014.3.1

記事公開日:2014.3.1取材地: テキスト動画

 「環境調査とは、問題を抱える住民と意識を共有し、その苦しみを理解すること。問題の社会化、経済化、政治化の過程を繰り返し、問題解決に恊働することだ。単なるサンプル集めではない」──。  このように語った石田紀郎氏は、「福島」という枕言葉を付けるだけで、1プロジェクトにつき2~3億円の予算がつく総合地球環境学研究所について、「福島のことは何もやっていない」と批判した。


日本の社会構造の根底にあるのは「国家によるウソ」 ~岩上安身による福島菊次郎氏インタビュー 2013.9.21

記事公開日:2013.9.22取材地: テキスト動画独自

 報道写真家の福島菊次郎氏が21日、岩上安身のインタビューに応え、自身の戦時中の体験談やプロ写真家として活動することになった経緯などを振り返りながら、戦中・戦後における日本の政治体制を厳しく批判した。


「二本松市では3.4%の住民に内部被曝」と木村氏。安倍首相の安全宣言に疑問 ~反核医師のつどい2013 in 北海道・第1分科会 2013.9.22

記事公開日:2013.9.22取材地: テキスト動画

 「安倍首相が言うようなコントロールも、港湾内シャットアウトもできていない」と木村氏は指摘。本田氏は、広島・長崎の「黒い雨」での低線量被曝による健康被害を語り、自ら行なった調査報告を交えて全国的規模の放射能汚染に警鐘を鳴らした。また、西尾氏は「ICRPの洗脳から逃れなければならない」と声を荒げ、松崎氏は小児甲状腺がんの健康検査の真相を述べて、低線量被曝のリスクを訴えた。

 2013年9月22日(日)9時より、札幌市中央区の札幌全日空ホテルで「反核医師のつどい2013 in 北海道」の第1分科会「日本における放射線被害 ―過去・現在・未来―」が行われた。2011年に、これまで知られていなかった「黒い雨」の被曝データを突き止めた本田孝也氏(長崎県保険医協会)、東日本大震災後の精力的な放射線量調査で知られる木村真三氏(獨協医科大学)、3月まで北海道がんセンター院長を務めていた西尾正道氏、原子力従事者の健康調査に詳しい深川市立病院の松崎道幸氏が、それぞれ講演を行った。


【第97号】岩上安身のIWJ特報!「核には、きれいな核も汚い核もない」原発再稼働に邁進する安倍政権に、長崎原爆の被爆者が警鐘~長崎原爆被災者協議会会長・谷口稜曄(すみてる)氏インタビュー 2013.8.31

記事公開日:2013.8.31 テキスト独自

 例年にない暑さを記録した夏が、まもなく終わろうとしている。

 広島に原爆が投下された8月6日、長崎に原爆が投下された8月9日、そして「終戦の日」である8月15日。日本人にとって「夏」とは、過去の戦争の記憶と向き合い、戦没者の御霊をしのぶ季節である。


「命を奪わず、平和に生きることも愛国心だ」 ~戦後・被爆70周年に向けて―平和への作戦会議 韓国での世界ヒバクシャ展の報告 2013.8.31

記事公開日:2013.8.31取材地: テキスト動画

 「反戦、核廃絶、反原発。反対するのはいいいが、それでは止めたあと、どういう世界にしたいのか。具体的なビジョンと議論がない」と森下美歩氏は語った。

 2013年8月31日(土)14時、「世界ヒバクシャ展@京都」を開催中の、京都市上京区の相国寺承天閣美術館において、関連イベント「戦後・被爆70周年に向けて―平和への作戦会議」が行われた。世界ヒバクシャ展の発起人であり、広島・長崎の原爆被爆者を40年にわたり撮り続けてきた写真家、森下一徹氏の娘で、同会代表の森下美歩氏が、活動への思いや、韓国で開催した世界ヒバクシャ展の様子などを話した。


「核と人類は共存できない。核には、きれいな核も、汚い核もない」 ~岩上安身による谷口稜曄(すみてる)長崎原爆被災者協議会会長インタビュー 2013.8.9

記事公開日:2013.8.9取材地: テキスト動画独自

 「気がつけば、左手は、肩から指先まで皮膚がべろりとはがれ、垂れ下がっていた」──。 

 2013年8月9日(金)14時から、長崎県内で岩上安身のインタビューに応じた谷口稜曄(すみてる)氏は、こう語った。1945年8月9日、米空軍が投下した原子爆弾の閃光と熱波を16歳の背中に浴びた直後の様子だ。谷口氏はこの日、自分の体が記憶する「被爆の怖さ」を伝え、さらにまた、「原爆のみならず、原発にも反対する」と強調した。


68回目の原爆の日、田上市長が日本政府を厳しく批判 ~長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典 2013.8.9

記事公開日:2013.8.9取材地: テキスト動画

 長崎市は9日、68回目の原爆の日を迎えた。長崎市の田上富久(たうえ・とみひさ)市長は、平和宣言の中で、「日本政府に、被爆国としての原点に返ることを求めます」と二度繰り返し、核兵器に対する政府の姿勢を厳しく批判した。(※記事の下段に、田上富久市長の平和宣言・全文を記載しています)


68年前の8月6日の3日後、広島の街に辿り着くと、まさに『べっしゃんこ』だった 〜「100年後の8月6日で伝える1時間、今から作る。」 奥田豊治氏講話 2013.8.6

記事公開日:2013.8.6取材地: 動画

 現在83歳で、東京都江戸川区原爆被害者の会(親江会)の会長を務める奥田豊治さんによる広島原爆と被爆体験について語られた。

 68年前、当時15歳だった奥田さんは、山口県の中学校に通い、中学4年生だった(※当時中学5年制度)。農村の働き手のほとんどが兵隊に行き、中学生だった奥田さんは農作業の手伝いに行き、中学3年になると、下関の工場で働きに行き、結局、学校に通ったのは僅か1年程度だったという。

 中学3年生の終わり頃に、陸軍学校の受験をし、一次試験を通ることになった。その後、『憲兵』という軍隊の警察が家に付き、身元調査がおこなわれることになる。家族、両親だけに留まらず、親戚もその対象となり、主に、思想関係をずっと調査されたという。その憲兵から広島原爆投下の8月6日の日に、「新型爆弾が投下された」と知らされ、下関から広島に行くことになった。奥田さんは、広島原爆が投下された3日後に何とか列車に乗り継ぎ、広島の街に辿り着いた。広島に着くと、街はまさに「べっしゃんこ」だったという。


「米軍機が上空から撒いたビラに日本地図が描かれ、広島のところに『?』マークが…」 ~竹本成德氏講演「『被爆の実相』~ヒロシマを今、私自身のことばで~」 2013.8.4

記事公開日:2013.8.4取材地: テキスト動画

 「1945年のある日、米軍機が上空から撒いた宣伝ビラを拾った。ビラには日本地図が描かれ、なぜか広島のところに『?』マークが記されていた。あれは原爆投下の予告だったのかもしれない」―。

 2013年8月4日(日)14時、神戸市東灘区の東灘区民センターにおいて、「『被爆の実相』~ヒロシマを今、私自身のことばで~」と題する講演会が開かれた。講師(語りべ)を務めた竹本成德氏(コープこうべ元理事長・日本生協連元会長)は、14歳のときに広島市内で被爆した実体験をもとに、原爆投下後の阿鼻叫喚(あびきょうかん)の実相(真実)を聴講者に語った。