監視・歴史・技術――戦後日本社会の欺瞞と天皇制の闇を暴く!特別対談:『1★9★3★7』著者・辺見庸氏×ジャーナリスト・小笠原みどり氏(司会進行:岩上安身) 2017.1.3

記事公開日:2017.1.7取材地: 動画独自
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 2017年1月3日(火)、東京都港区のIWJ事務所にて、話題作『1★9★3★7』著者の辺見庸氏とジャーナリストの小笠原みどり氏の対談企画が行なわれた。岩上安身が司会を務めた。

■ハイライト

  • 日時 2017年1月3日(火)14:30~
  • 場所 IWJ事務所(東京都港区)

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  1. 河村大典 より:

    辺見庸さんの対談が聞けるとは思いもしませんでした。IWJのサポート会員になっていて良かったです。僕はもうテレビのニュースは見ていません。IWJ以外に赤旗新聞から情報をえています。その辺見さんを知ったのはNHKの特別番組で秋葉原事件の解説をきいてからです。あの時「リア充」といった言葉の意味、無関心な人々の例でカミュの小説を取り上げていました。今でもはっきりと覚えています。でも今僕はNHKの料金は払っていませんし頭を洗脳されるようで恐くて見ていません。だから、相模原障害者殺傷事件が起きた時直ぐに辺見さんを思い出し辺見さんを検索して「誰が誰を何故殺したか」の特別原稿を読ませていただきました。
    また、久々に自分の思いを共有できる話を聞かせて頂き精神の保養になりました。岩上さん小笠原さんありがとうございます。

  2. 河村大典 より:

    辺見庸さんの対談が聞けるとは思いもしませんでした。IWJのサポート会員になっていて良かったです。僕はもうテレビのニュースは見ていません。IWJ以外に赤旗新聞から情報をえています。その辺見さんを知ったのはNHKの特別番組で秋葉原事件の解説をきいてからです。あの時「リア充」といった言葉の意味、無関心な人々の例でカミュの小説を取り上げていました。今でもはっきりと覚えています。でも今僕はNHKの料金は払っていませんし頭を洗脳されるようで恐くて見ていません。だから、相模原障害者殺傷事件が起きた時直ぐに辺見さんを思い出し辺見さんを検索して「誰が誰を何故殺したか」の特別原稿を読ませていただきました。
    また、久々に自分の思いを共有できる話を聞かせて頂き精神の保養になりました。岩上さん小笠原さんありがとうございます。

  3. 河村大典 より:

    私も、辺見さんと岩上さんの間に位置する年齢で1950年生まれです。だから大東環戦争の話はよく理解できます。しかし今まさに、慰安婦の少女像でもわかるように朝鮮民族の虐殺、中国人の虐殺が無かったかのように報じられています。これらは金で解決できるものではなく謝罪の気持ちが必要なのです。
    私は福井県に住んでいますが、鯖江市の『山本たけし』さんの日中戦争の手記にある村の虐殺が記されています。特に衝撃的なのは赤子まで銃剣で刺し殺した時にその銃剣が抜けずそのまま泣き叫ぶ赤ん坊を持ち上げたと書かれてあるところです。彼は勇気を以って戦争は絶対にしてはならないと手記を残したのです。これはNHKで放映されました。
     また私自身は大人たちがどこへ出征したのか話をしていたので戦争が合ったことを理解しました。その当時『私は貝になりたい』というドラマがあって、MPに上官に命じられて捕虜を刺し殺したことをとがめられ裁判にかけられる内容からも日本軍は無抵抗の人を殺してきたことが解ります。
     さらに、私の知人のK氏のお父さんが従軍記者をしていたらしく、その時撮られた写真を見せられました。犯しつくせ、焼きつくせ、殺しつくせの言葉通り、下半身は何もはいていない女らしき焼かれた10数人の遺体の写真です。その中には女性自身に棒が刺されていました。まさに初年兵哀歌のエッチングと同じです。また後ろ手に縄で縛られた男性が二人連行されているところから日本刀で首を斬首される瞬間の写真です。
    これが人間のすることかと怒りがこみ上げました。しかしこれが戦争なのです私達はほんとうに真摯に向き合わなければまた同じことをすると、戦争を知っている私達の最後の年代が何かをしなければと思います。

  4. 河村大典 より:

    私の父も1921年生まれです。満州に徴兵されましたが戦争の話は散髪ができるので日曜ごと連隊長の家族の散髪をしに行き可愛がられたこと、そして昇進試験を受けることを進められたが戦争が嫌で受けなかったと話したことぐらいです。そして昭和17年ごろに足に怪我をして除隊になったのです。
    その父が徴兵され出征するに時に国から100円出たこと、父は家に置いてきたが出征地で上官や郵便局に預けたものもあったそうです。だから郵便局は引き取りでのない預金がある一因だと思います。また昭和30年ごろまで軍帽か白衣の着物姿の傷痍軍人が祭りの時にいました。私の父も傷痍軍人でしたので初めは微々たる恩給がもらえました。また14年か15年軍属にいなければ恩給がでないことや、金額もドイツのように階級にこだわらず同じではないことも知っています。だから、戦犯である高級官僚や辻正信のような元軍人が戦後政治家になれたのだと思います。つまり戦後は戦犯によって創られた民主主義ということが解ります。
    戦争の原因は国益と言いますが全ては金が原因です。先の戦争の財源はどうして作られたのか、戦後その負債はどうしたのか。アメリカは世界の金を独り占めし、日本はデノミで負債をチャらにしたのではないか。韓国で経済が行き詰った時のようにデノミか戦争なのです。今アメリカが日本と中国を闘わせようとする理由はアメリカの赤字財政の解消、日本は戦争によって1000兆円の責任を取らなくていいとでも思っているのだろうか。
    こうしたカネの動きからも戦争を論じてもいいのではないでしょうか。

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