【IWJブログ・特別寄稿】歴史が目の前にある──70年の宝物を。 詩人・宮尾節子 2015.9.18

記事公開日:2015.9.18取材地: テキスト
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 その日は「数の足しになる」と決めていた。枯木も山の何とかと言うではないか。なのに。うっかり美容院の予約も入れてしまっていた。政治もひどいが髪型もひどい。美容院に行くかデモに行くかとちょっと迷って。

 やっぱりこの日だけはと思い直し「すみません、デモに行くので」とキャンセルをお願いした。「はい。わかりました、何のデモですかー?」「えーと(なぜか言えない…)。国会前デモで検索してみてください。それです」なんて微妙なことを言う私。

 詩を書いていることがいつも何となく恥ずかしい。浮世離れしているようで。詩は大好きなのだけれど、妙な罪を抱えて生まれたような後ろめたさが常にある。詩書きはみなそうなのかもしれない。

 原罪というと大袈裟かもしれない。血中に酒が混ざっている因果者と言えばいいか。酔ってないですか?ちゃんと地に足着いてますかね?と心配になって時どき人にも自分にも確認したくなる。

 そんなふうにまずもって。存在自体が心もとないので、行動にも今ひとつ自信がない。まず、自分を疑う。ほんとに私でいいんですかという戸惑いやほんとにこれでいいのだろうかという不安は常にある。だから、「安保法案反対デモです!」と声高らかに言えない。

 でも、8月30日には国会前に居たかった。声は出なくても、数は出したい。意思表示をする数の一人にはなりたかった。当日ヘリで撮影されるだろう航空写真の、国会前の森の緑をはねかえすカラフルな人びとの一粒になりたかった

 当日の国会前抗議行動の開始時間は午後2時とのこと。間に合うように最寄り駅のホームに着くと「あ、せっちゃん!」と名を呼ばれる。当駅始発の電車に乗り込むと「こっち、こっち」とデモに行く人たちが、ずらっと座席に並んで手招きしてくれる。日頃より熱心にあちこちで反戦運動を続けている方達だ。私も混ぜてもらう。

 「こんにちはー」「やあ」と遠足にでも行くように、皆そろってリュックを背負ってつぎつぎ乗り込んで来る。ワイワイガヤガヤ一車輛の半分以上を、いつの間にか賑やかなデモ隊が占領している。ビラを交換したり、手作りシールを配ったり、飴が回って来たり。

 「実はわたし2回目で」「わたしも初めてだけど、今日だけはと思って」という若葉マークも居たりでほっとする。

 「警備の誘導はなるべくデモ隊を少なく見せたいので、歩道の森側へ寄せようとするけれど、なるべく木の陰に隠れないように、航空写真に人が写るように意識して歩いてね」

 「警官には絶対触れないこと。公務執行妨害で逮捕されるから」

 「国会前に集まる人数を減らすために、手前で誘導規制されるので、降車駅を選ぶのが重要なポイント」などデモ経験を積んだ先輩から、さまざまな車内レクチャーを受ける。

 ひええと驚くことや、ふむふむと感心することが多い。

 指定の駅(駅名は伏せよう)で降りると、「まずトイレを済ませてください」と指示される。駅のトイレは長蛇の列で「こんなに並ぶことは、今まで初めて」とデモ先輩は目を丸くしている。

 「上にはお店もコンビニもありません」と告げられて、珈琲はポットに入れたがオニギリを買い忘れた私は焦る。

 「どうしよう、朝も食べなかったし」と不十分な腹ごしらえを気にしていると「じゃあ、わたしのパンを半分あげる」と仲間のひとりが気前よくパンを割って渡してくれる。分けてもらった半分の雑穀入りパンのありがたかったこと。おいしかったこと。リュックを背負って長蛇の列。飢えと食料の配給。もはや気分は戦時下である。もう「とんでもない、こんなのごめんだ」状態である。

 「戦争反対」「PEACE NOT WAR」「安倍政権を許さない」「WAR IS OVER IF YOU WANT IT」「憲法守れ」・・・地下の駅から地上に出ると、色とりどりの旗やノボリ、思い思いのプラカード、傘や団扇を掲げた人・人・人の波。まさに老若男女入り乱れての大行進。

 見るからにデモ慣れした常連さんたちに負けず行進に混ざるのは、腰の曲がったお年寄りから、松葉杖を着いた人、車椅子の人。手を引かれた小さな子どもから、ヒッピーぽい人や、ラッパーふうの若者、ボディコンのギャルから、メガネの大学生。芸術家ふうなハジケタ人から、学者ふうの穏やかな風情の人。マッチョな髭の親父さんから、上品な白髪の老婦人。浪花のおばちゃんふうな人から、ピクニックに来たような家族連れ。団塊の世代から、ベビーカーを押す若いママにいたるまで。ふだん駅前や商店街やショッピングモールでふつうに見かける人たちだ。

 思い思いのプラカードを掲げ、時おりシュプレヒコールを湧き揚げつつ、まるでブレーメンの音楽隊のように行進する。まさに民衆という感じの人びとの混在ぶりが、なんだか新しい。そしてなんだか──とても温かい。

 三色旗をはためかせた某宗教団体も、支持政党にまさに反旗を翻して「戦争反対」と声をあげ、署名を募っている。上意下達は鉄則のはずと思っていた宗教団体が、その鉄を破ろうとしている? これは始めて見る光景だ。

 素晴らしい!と仲間が署名するので、わたしも続いてすらすら署名しつつ。まさかこの住所氏名を使って「あとで勧誘しないでくださいね」と、こころの中でふと思ったりしないでもなかったが…(笑)。信者さんとは違う意味で、きょうはこの宗教団体を信じたかった。

 「前が詰まっていますので、抗議行動はこの辺りでお願いします!」と警察のメガホンが行進の停止を訴えはじめたが「誘導の声は、あまり信用するな」とレクチャーがあったので、あの手この手でうまく人混みをくぐり、前に進んだ。だいたい田舎育ちで木登り・藪こぎが得意なわたしは、人混み掻き分けどんどん前進。いつの間にか動画ではお馴染みの、メガホン持ったSEALDs奥田君の熱いコールの真ん前に出ていた。あの普通感がいいなあ、奥田君は。

 「集団的自衛権は要らない!」「憲法守れ!」「民主主義ってなんだ!」…国会前の晩夏の森から、いっせいにふりそそぐ蝉時雨みたいなコール。ひとしきりスローガンを熱く連呼すると、声はすっと掻き消える。連呼、休止。連呼、休止。ガンガンいって、すっと引く。その緩急のリズムが妙に心地よく、声の輪に身も心も引き込まれてしまう。巧みだ。声を届けること、その声をしっかりキャッチさせること、そして届けた声をフィードバックさせること。よく計算され抑制の利いたステージで、抗議のデモ隊というよりSEALDsメンバーのコールは、音楽ライブのような洗練がある。

 皆を盛り上げながらも、このような場でマイクを持つとひとが陥りがちな陶酔にも、ちゃんと制御が利いていて垣間見せる醒めた顔が憎い。時おり周囲を見渡しながら、群衆のマナーや安全確認も怠らない。ここへ何をしに来たか。ここで何をしているかを忘れない。

 デモのようでデモでなく、ライブのようでライブでない。「なんで遅れたんだよ?」「授業があったんだよ!」かつてこんなやりとりが聞ける学生運動があったろうか。みたことのない、あたらしいなにかが、そこにうまれている。そこでうまれたこえを、あげている。そことは、国会前広場だ。

国会前広場

 戦争を知らないとは、憎しみを知らないことだろうか。戦争を知らないとは、怒りを熱気に変えられることだろうか。それぞれが、自分たちの言葉を持ち寄って熱く語り、リズムに合わせてシャウトする。ダース・ベーダーの仮面に見える国会議事堂の正門前で、しかし何ておだやかで、たのしい抗議行動だろう。そんな若者たちのスピーチやコールを取り巻いて、湧きあがる群衆のシュプレヒコールを聞きながら(やっぱり声は出せなくて、出せたのは「(憲法)マモレ!」のひと言)、彼らの前に立っている時だ──。

 ふっと周りに何か違和感が起きた。ぎゅうぎゅう詰めの窮屈な人混みがふわっとゆるんできた。あれ?と思った。その時の不思議な感触をわたしは生涯忘れることはないだろう。それを、わたしのからだに忘れさせることはないと思う。

 何が起きたか──。

 歩道と車道の間に張られていた規制線(バリケード)が、決壊したのだ。歩道が決壊し車道に人びとが解き放たれる瞬間をみた。

 もう囲い切れなくなった増え続ける人びとの数が、強固な封鎖を解いた。小さいけれど人の力が変えて行く、歴史が目の前にあった。

バリケード

 それにしても、おだやかな決壊だった。掌の中で、コップの氷が音もなく溶けるような、と言えばいいか。あるいは春が来て雪解けを迎えるような、それは自然でゆるやかな規制線の決壊だった。

 「おのずから冬の日数の暮れゆけば 待つともなきに春は来にけり」貞心尼の歌を思い出すような、何とも自然に甘やかにほどける決壊の瞬間(とき)を肌身に感じた。そこには、熱気はあったが怒りはなかった。数々の歌声はあったが、ゲバ棒もヘルメットもなかった。注意の喚呼はあったが、手榴弾も盾もなかった。突き破るというより、受け入れられる感じ。規制線が解かれて、わたしたちはプラカードを掲げ声をあげつつ、いっせいに車道へ降りたち、前に進んだ。国会議事堂を真正面にして、周りを取り囲むように、大きく広がった。その時の航空写真が、新聞に大きく報道されたものです。

東京新聞一面の写真

▲東京新聞一面の写真

 声をあげるデモ隊も垣根を作りそれを制止する警備隊も、相対しつつも互いに思いやりを忘れない、双方の人柄のたもつ穏やかさ──これこそが、70年と言う長い年月を戦いのないこの国が育んだ宝、人の宝では、ないでしょうか。それをわたしは、あまいとは思わずありがたいと思った。

 いつまでもこの怒り方さえ知らない、武器を持たない、不器用で穏やかで紳士的で、平和な国であって欲しいと、願いました。それは、人が人であることを忘れない、個人が個人であることをやめない、ふつうの姿でした。

 「民主主義ってなんだ?」若者たちの繰り返すコールに、わたしは「これだ!」と心の中で、声をあげていました。

 3.11で未曾有の震災を受けた東北の人びとが、救助も来ない食料も物資も足りない大変な状況の中でも、お互いに助け合い譲り合い、少ない食べ物を慎ましく分かち合い、気遣い合って温かい心を通わせ、一つも暴動が起きなかったこと。それは海外でも大きく報道され、世界の人々に多くの驚きと感動を与え、日本の良さ、日本人の心の優しさを賞賛されました。日本が取り戻すべきは、本当に力でしょうか。その力比べは果てしなく危険に満ちた旅の始まりを予感させます。

 安倍さんは良い人だと思います。「この僕がなんで?」と真顔で問い返す姿もたびたびテレビで目にしました。戦争なんかしようと思ってないことも本心でしょう。

 でも、良い人だから、やっかいなこともあります。悪い人間は「また、やってしまったかな」という脛の傷の痛みから、少しは悪の自覚を持てる。それが、悪党の良いところです。でも、良い人は鈍い。「まさか、このわたしが」と信じた自分を疑うことがない、傷のない脛は痛めない。痛まない脛が、悪を知ることはない。悪を自覚できない善人の陶酔の深さこそが、何よりも罪深い。きっと「陶酔」が罠であり、陶酔こそが「悪」の起点ではないでしょうか。

 「安保法案」を審議中の国会中継を見ていていも、それが見える。「正しい」と信じ「国民の平和と幸せな暮らしを守る」と言い切って、野党の詰問にも、最早ロボットのような受け答えしかしない人たち。それは救いがたい陶酔の姿だ。

 自民党の議員さんたちが、質疑でロボットのような受け答えをしているうちに、どんどんロボットのような顔になっていくのがぞっとします。ロボットは決められたセリフを繰り返し、ロボットは人の痛みもわかりません。

 国会中継は残念ながら、幼児が見てもわかるような、お粗末な与党の答弁となっています。どちらが、血の通った人間かは猿でもわかります。血の通った質問には血の通った答えが人の礼儀でしょう。安倍さんには(そして今や国会ではロボットのような答弁しかしない与党議員の方にも)申し上げたいです。どうぞ「日本を取り戻す」より先に「人のこころを取り戻して」欲しいです。

 「安全と平和」のためにと繰り返し、ぜったいに採決を強行しようとしている「安保法案」は、警備会社のテレビCMを思いださせます。「セコムしてますか?」というもの。それは会社や家庭の安全を確かに守るかもしれませんが、裕福な人々のもので、庶民のものではありません。

 庶民は「セコムしてません」セコムできません。だから盗ったり盗られたりしながらも、「やれやれ」とぼやきつつ、ない知恵を絞ってそこそこ安全に暮す工夫をしています。

 同じく「アンポしてますか?」の安保法案も、限られた裕福な人々を守っても、きっと庶民を守りはしない。むしろアンポするために、危ないところへ駆り出されるかもしれません。だから多くの庶民が声をあげているのです。「アンポしません!」と。

わたしは平和は武器を持つことではなく、
ブレーキを持つことだと思います。
そして、
「抑止力」とは
みずからのブレーキによってしか
生まれないものだと思っています。
しかし、
日本は打って変わるでしょう。
なぜならブレーキではなく
明日アクセルを踏むからです。

 では、最後に感謝状を添えて、宮尾のデモレポートを終わりにさせて頂きます。ほんとは、この原稿の依頼を受けたときすぐにできたのが、この詩「感謝状」でした。あとは全部おまけです。未熟な思い拙い文章を長ながと読ませてしまって、ごめんなさい。最後までおつきあいくださって、ありがとうございます。

宮尾節子拝

感謝状 宮尾節子

☆ただ今、『宮尾節子アンソロジー 明日戦争がはじまる』(集英社インターナショナル)が発売中です。また、Amazonのみで新詩集『明日戦争がはじまる』(思潮社オンデマンド)が発売中です。拙い文章よりは詩のほうが水を得た魚になれます。読んで頂ければ魚が跳ねて喜びます。詩を読んで頂くことで、また水を得ることができます。どうぞ、よろしくお願い致します。

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「【IWJブログ・特別寄稿】歴史が目の前にある──70年の宝物を。 詩人・宮尾節子」への1件のフィードバック

  1. @kazenosaburou より:

    宮尾さんの文章はいつも新鮮な感動があります。
    デモへの参加に何となく気恥ずかしいような思い。
    どうぞ「日本を取り戻す」より先に「人のこころを取り戻して」欲しいとの切実な思い。
    ブレーキを踏むのではなく、アクセルを踏んでいこうとする日本が、この先どうなっていくのか。
    ドライバーが安倍さんだからなおさらのこと。私の心はつぶれそうです。

    私も30日にはそこにいました。数の一人として。
    SEALDsの存在。彼らのスピーチには感動を覚え、総がかりの菱山さんはじめコールをリードする人たちのパワフルさに目を丸くしました。
    そこに参加できて、何が起こっているのかをこの目で見ることができました。
    安倍さんへの感謝状。宮尾さんならではの作品だと思いました。

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