「草の根で運動してきた人たちの結果が、SEALDsという形で表れた」――SEALDs KANSAI寺田ともかさんに岩上安身がインタビュー!廃案を目指すこれからの運動の形とは 2015.9.16

記事公開日:2015.9.20取材地: テキスト動画独自
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(谷口直哉、ぎぎまき)

 「(戦後71年目は)迎えるしかない。迎えてやるって感じです」――。

 参議院の特別委員会が横浜市で地方公聴会が開くなど、安全保障関連法案の審議が山場を迎えた2015年9月16日、都内・飯倉片町のIWJ事務所では、岩上安身によるSEALDsKANSAI寺田ともかさんのインタビューが行なわれた。

 7月15日、寺田さんは大阪・梅田駅前での街宣アピールで安倍総理に退陣を迫った。「あなたはこの夏で辞めることになる。私たちは、来年また戦後71年目を無事に迎えることになるでしょう」とスピーチの中で訴えた。法案の採決目前の16日、岩上が「私たちは、戦後71年目を無事に迎えることができそうですか」と聞くと、寺田さんは「迎えてやるって感じです」と、これからも声を上げ続ける決意を見せた。

 東京でSEALDsが誕生して間もない今年7月、地方版として初めて始動したのがSEALDs KANSAIで、今では140人のメンバーが参加しているという。関西版を立ち上げた経緯を話す中で寺田さんは、東京のSEALDsの中心メンバーらと同じ高校に通っていた過去を明かした。中央公聴会で意見陳述した奥田愛基さんや、国会前でステージ上に立ってきた本間信和さんとは島根県内の同じ高校で共に学んだのだという。そのつながりから、関西の若者たちの受け皿も作ろうと、SEALDs KANSAIをメンバー8人と一緒に立ち上げた。

 「普通に大学生活をエンジョイしたい」と願う寺田さんは、好んで抗議活動に参加しているわけではない、と言う。あれだけ堂々とスピーチできるのに、人前に立つことも苦手だと話す。にもかかわらず、毎週、関西のどこかで声をあげているのは、「言わざるを得ない状況になった」からだ、と語った。

 若者の動きを大手マスコミが報道するようになり、15日の中央公聴会では、高校時代の同窓生である奥田愛基さんが意見陳述するなど、社会的に高い注目を集めるようになった。寺田さんは、世間のそうした評価を冷静に眺める。

 「本当に草の根で、こつこつ運動してきて、語りたくないのに戦争体験を語ってきてくれたり、意味があるのかと思いながら、ほんとうにたった一人で活動してこられたような方々がいる。その上で、私たちが生まれたと思っているので、私たちから立ち上がったというよりは、そうやって活動してきた方々の結果が今、私たちって形で表れてて、それが共感を生んでると思います」

 廃案を訴えるSEALDsだが、成立も視野に入れ、法案に賛成した国会議員の落選運動を今後は予定しているという。

 「廃案にするまでが戦いだと思っているので、可決されたにしろ、しなかったにしろ、廃案にするまで戦いが終わらないのは同じなので、私はこれに賛成する議員の顔を絶対に忘れないようにしようと思うし、そう呼びかけていきます」

以下、岩上安身による寺田ともかさんへのインタビュー全文を掲載する。

記事目次

■イントロ

  • タイトル 岩上安身によるSEALDs KANSAI 寺田ともかさんインタビュー
  • 日時 2015年9月16日(水)15:00〜
  • 場所 IWJ事務所(東京都港区)

7月15日、大阪・梅田駅前で安倍総理の退陣を求めたスピーチが高い注目を集めた

岩上「皆さん、こんにちは。ジャーナリストの岩上安身です。本日は、大変な歴史的な一日になるやもしれません。横浜の公聴会の模様、IWJで今、中継しております。また、その(会場を囲む)反対運動の様子も中継しておりますけれども、この後、夕方からは、国会前で反対行動が繰り広げられる模様です。

 もう連日になりますけれども、もちろんIWJは多元中継で、この様子をお伝え致します。しかし、昨日、与党寄り3党、日本を元気にする会、新党改革、次世代の党の3党が与党と合意して、修正協議に応じ、採決に応じることになりました。

 これで、与党だけの単独採決ではなくなり、強行ではなくなると、形式的にはそういう形が整いました。なので、与党の思惑通り、地方公聴会が終わった今夜、委員会で、強行採決を行うのではないか。そういう緊張感が高まっております。

 そんな時に、関西からお客様をお迎えいたしました。SEALDs KANSAIの寺田ともかさんです。寺田さん、よろしくお願いします」

寺田ともか氏(以下、敬称略)「よろしくお願いします」

岩上「寺田ともかさんといえば、素晴らしいスピーチを関西において行ないました。我々IWJがどの模様を中継しておりまして、すぐに文字起こしをしました。そうしましたら、これが何万になるかな。ものすごい数、リツイートされ、そして、フェイスブックでシェアされました。何万にもなりましたね。

 ともかさんがここに、タイトルにも使いましたが、『私たちは来年、戦後71年目を無事に迎えるでしょう』これは安倍さんに向かって言ったんですね」

寺田「そうですね。はい」

岩上「『安倍総理、民主主義が生きている限り、私たちはあなたを権力の座から引きずり下ろす権利がある。私たちは来年、戦後71年目を無事に迎えるでしょう』

 こういうかわいい顔して、すごく厳しい、しかし凛々しい言葉をスピーチされました。この時、どうでした?」

寺田「7月の15日で、強行に採決をされた日だったので、すごくみんな腹が立った状態で、緊急に集まろうっていうことで集まって」

岩上「大阪駅でしたね」

寺田「そうですね。大阪駅で」

岩上「梅田ですね」

寺田「はい。はじめて梅田でやって。あんなに梅田に人がいるのを生まれてはじめて見たんですけど」

岩上「どのぐらいの数でした? ざっと見て」

寺田「ざっと見て、数えたら、2700人くらい来られたってことで、駅の対岸からしゃべって、駅側に人が並んでるっていう状態だったんですけど、もう圧巻というか、すごい景色で。

 なんか、もちろん腹も立っていたんですけど、やっぱりこれだけおかしいことが起きてるっていう状況に対して、でも、希望があるっていうのを宣言したかったところがあって、こういう言葉を選びました」

岩上「人が埋め尽くされるっていうことに希望を感じたとも言ってますよね。やっぱり多くの人が共感して、足を止めて、聞き入ってくれていることに、力強さとか、勇気や励ましを受け取った。そんな感じだったんですか?」

寺田「そうですね。街頭でこんなふうにしゃべるっていうのもあんまり経験がなかったことだったんで、どれだけ共感してくれるのか、不安ななかで、本当にたくさんの人がいるっていうのは、嬉しかったんですけど、人数っていうよりも、やっぱりそれが正しいことであるなら、たった一人でも反対するべきだとは思うんですけど、やっぱり民主主義の国なので、人数は大事だなと思います」

SEALDsの奥田、本間両氏とは島根県で同じ高校に通っていた

岩上「ともかさんについて知りたいと思ってる人もいると思うので、お聞きします。どこの出身なんですか?」

寺田「大阪です。大阪のすっごい南のほうです。和歌山のほうが近いんじゃないかっていうぐらい南のほうです。泉南市」

岩上「泉南市。ほお、分かります。そうなんですか。泉南から、今は、関西学院大学。これまた、北ですね? これは土地勘ない人にはわからないと思いますけど、結構な距離でしょ」

寺田「片道2時間半ぐらいです」

岩上「大変ですね。SEALDs KANSAIというのを始めたのは、もちろんSEALDsが先行してあったからなのでしょうけれど、どうしてSEALDsKANSAIなんですか? SEALDsを始めたメンバーたちとコンタクトを取ってたとか、どういう御縁というか、関係なんですか?」

寺田「SEALDsの、いま中心になっているメンバーにけっこう友達が多くて、元々は向こうでやってるSASPLという、特定秘密保護法に反対する、ワンイシューで活動していたときからずっとデモとかに行っていて」

岩上「東京まで? ということは、その時につながりがあったのでしょうけど、それはネット上でのつながりなんですか? それともリアルでのつながりがあったんですか?」

寺田「デモで直接会ったりとか、高校時代からずっと知り合いだった人とかも多かったので」

岩上「高校時代からの友達がいた? 誰が友達なんですか?」

寺田「誰が友達?メンバーでですか?本間くんとか。奥田くんとか」

岩上「本間くん、奥田くんは、同じ高校出身?」

寺田「同じです。はい」

岩上「ということは、島根県の高校?よく、奥田くんが、島根では、270人も集まったんですって」

寺田「この前だと、750人って言って」

岩上「あ、750人か。見たことないよって言ってましたが」

寺田「人がいないんで。本当に。イノシシのほうが多いんじゃないかってぐらい」

岩上「島根のどこなんですか?」

寺田「島根の江津ってとこで。浜田の近くですね」

岩上「ああ、じゃあ出雲でもなく、そんなに大きな街ではないんですね。なぜ、その学校が魅力的だったの?」

寺田「結構単純な理由なんですけど。いとこが通っていて、文化祭とかにちょいちょい遊びに行ってたんですけど。すっごい自由な校風で、私服で、自分が選んだ服を着ていいし、教科とかも、自分がこれを研究したいと思うことを研究してもいいという科目があったりとか、学校のルールも自分たちで話し合って決める。先生も生徒も一人一票持っていて」

岩上「票を持ってる?」

寺田「なので、なんかその自由な感じの校風に惹かれたというか」

岩上「すごく個性的な学校なんですね。なんという高校?」

寺田「キリスト教愛真高校」

岩上「キリスト教の高校に奥田くんは通っていた。それから、そもそも彼が生まれ育った家が、牧師さんのおうちだったと、奥田君にインタビューした時に聞きました。ともかさんはキリスト教徒だったんですか?」

寺田「そうですね。親がクリスチャンで」

岩上「では、自由な校風に惹かれるという人もいるけど、クリスチャンということでな惹かれるっていうか、通いやすいということもあったんですか?」

寺田「あんまり関係ないですけど。でもまあ、そうですね。クリスチャンやったから、知れたっていうのもあります。キリスト教系の高校だったんで」

岩上「プロテスタントとかカトリックとか、クリスチャンといっても色々だと思いますが、どっちなんですか?」

寺田「私はプロテスタントなんですけど、学校自体、無教会派って言って、教会を持たない」

岩上「なるほど。じゃあもう、自分で聖書を読んで考えなさい、みたいな。内村鑑三的な」

寺田「まさに」

岩上「まさに? 内村鑑三精神でやってるってことですか?」

寺田「そんな感じです」

岩上「キリスト教徒ではない人、仏教だよっていう人が来てもいいんですか?」

寺田「もちろん。講師とかにも、平和教育、わりとしっかりしてたんですけど、近所のお坊さんを呼んで講演会をやったりとかもしていました」

SEALDs KANSAIを立ち上げた理由「東京までの交通費がかかりすぎる」

岩上「なるほどね。いいですね、そういうの。

 そうした、同窓生というご縁があったわけですね。ともかさんは、関西の学校に通い、友達は、東京の学校に通い、バラバラに。その時はそれぞれ、将来どうなるかなんて、別に考えてたわけじゃないでしょう。そうしたら友人がSASPLを始め、じゃあ応援に行こうと。その後SEALDsというのが生まれ、じゃあSEALDs KANSAI作ろうという経緯なんですね。

 今回、東京のほうに参加するのではなく、関西でやろうと思ったのはなにか理由あるんですか?」

寺田「単純に、毎回交通費かかるわと思って。関西でも、こういう活動があったら、絶対参加したいのにって思ってた人がけっこう多くて。じゃあ作るしかないなみたいなものもありましたし、別に東京だけで政治が行われているわけではないので、全国から声を上げていかないといけないというときに、大阪からそれ始まったら、どんどん増えていくんちゃうかみたいなのがあって」

岩上「実際、SEALDsなんとかっていうのの、第一号だよね?」

寺田「そうですね。SEALDs KANSAI。次が東北、琉球」

岩上「で、この間、東海とか」

寺田「はい」

岩上「SEALDs KANSAI、関西には京都もあれば大阪もあれば、神戸という言い方も色々できると思うんですけど、関西で一括りにしたのは何か理由があるんですか?」

寺田「最初にやろうやって言って集まったメンバーが、わりとバラバラだったんですね。京都の人もいて、神戸の人もいて、大阪の人もいて」

岩上「大学生って京都の人、多いですもんね」

寺田「そうですね。京都の学生は割と多いですね。なので、自然にKANSAIでええんちゃう? みたいな」

岩上「先ほど取り上げた演説では、安倍総理に対して、『私たちはあなたを権力の座から引きずり下ろす権利がある』。すごくパンチのあるスピーチをしたわけですけど、この日は街宣、何回目?」

寺田「スピーチをしたのは、二回目か三回目だったと思います」

岩上「あ、すでにそんなにしていたんですね。どうでしたか? スピーチをやってみて」

寺田「私あんまり難しいことは言えないというか。もっとちゃんと歴史とか勉強して、しっかり言える人もいるんですけど。思ったことしか言えないタイプなので。でも、それを正直に言った結果、共感してくれる人が多かったっていうのは、なんか、等身大でいいのかって思えてよかったです」

岩上「スタート点は何人ぐらいでやったんですか?」

寺田「SEALDs KANSAIは、8人とかぐらいですかね」

岩上「自然に友達の、あるいは友達の友達ぐらいで始まった?」

沖縄の米軍基地問題が人ごとではなくなった

寺田「そうですね。あと、辺野古に、私も座り込みに春に行ってたんです。その時、関西から何人か来てて、『あ、関西なんや』みたいな感じで友達になった人とか。お互い、いろんなデモとかでなんとなく顔を知っているみたいなメンバーでした」

岩上「辺野古の問題を安全法制の問題と結びつけて、幟とかプラカードでもアピールするのは、これは東京以上にSEALDs KANSAI、関西の人たちのほうが、よりアピールの度合いが強かった」

寺田「ああ、そうですかね」

岩上「というふうに、僕ら感じてたんです。で、聞いてみると、やっぱり、辺野古に、今言った、座り込みに行った人たち、メンバーが多かったという。距離的なものもあるんでしょうね。たまたまかもしれないけど、東京よりも、関西のほうが、やっぱり沖縄に距離的に近いこともあったのか。

 沖縄経験が多くて、沖縄の問題を一緒に取り込んでアピールしようという人が多かったんじゃないですか?」

寺田「あんまり意識したことなかったですけど」

岩上「ほんと?僕らからは、くっきりと見てとれたんですよ。沖縄のこと、どんなふうに思っていますか? 辺野古のこと」

寺田「辺野古のこと。そうですね。本土っていう言い方は良くないなと思うんですけど。自分は大阪に住んでいて、なんていうか。いつもうるさい飛行機の音を聞いてきたわけでもなければ、自分が大事に思っている海を目の前で埋め立てられてきたわけでもないんですけど、私が、たぶん高校一年生のときかなんかに・・私、関西国際空港の近くに住んでるんですけど・・橋下さんが、関空を辺野古の移設の候補地に持ち上げたことがあって。ちょっと地元で話題になったんですね」

岩上「はい。まさにその話を聞きに行くためだけに、僕は彼の記者会見に乗り込んでいったんですよ」

寺田「そうなんですか」

岩上「彼がそういうことを言ってても、全然メディアは伝えてなかった時があったんですね。それを聞くためだけに、大阪へ行って記者会見に出て、質問したんです」

寺田「そうなんですか。それをちらっと、島根の高校にいたときだったので、新聞とかなんかで見て、社会の先生に、なんかこういうのがあるらしいみたいな話をしていて、そしたら、その先生が、基地が来るってどういうことかっていう話をしてくれたんですね。

 米軍のレイプ事件のことであったりとか。だけど一方で、それで街が潤う面もあるっていうようなこととかを、色々と。沖縄の場合は、基地があることで経済が良くなってるとは私は思えないですけど」

岩上「それはまあ、神話です。実際には基地依存は沖縄経済の5%程度になってしまっています。実際には、もうそんなに基地に依存する経済ではないし、むしろ返還された街が開発されて、経済が上向いてるし、雇用も生まれていますからね」

寺田「色々な話を聞いて、絶対嫌だと思ったんですよ。うちの街に来るのは絶対に嫌だと思って。そう考えた時に、絶対嫌だと思っているものを押しつけて、無意識にですけど、押しつけていたんだと思って。それに対して、何もしないっていうのは、自分が押しつけている側に立つのとまったく同じだし、加担してることになるっていう思いがずっとあって、何かしないといけないなというのはありました」

岩上「昨日、翁長沖縄県知事が、埋め立ての承認を取り消すという発表をしました。聞いてどうだったでしょう」

寺田「詳しくは追えてないんですけど、当然といえば当然ですよね。でも国は進めていく方針を全然変えてないということで、安保法制のことばっかりで忙しくなってますけど、つながってる問題ではあると思ってやってるんですけど。そっちに対しても、これからずっと監視し続けていかないといけないなと思いますね」

なぜ22, 23の若者たちが行動する力を持ち得たのか

岩上「皆さん、若いのに、これだけ社会問題に関心を持ち、しっかりした視座を持っているのは、どうしてなんだろうと思う人がいるんですよね。それを、コアの何人かが、同じ学校出身だから、その学校の教育の在り方がひとつ原因になっているのではないかなと見る人がいます。

 でも、それ以外の学校出身のメンバーもいるだろうし、どうして、しっかりした考えを持ち、アクティブな行動力を持った若者たちが集まったのだろうか、と思ったんですよ。22,3、下のほうだと20歳とか19歳の子たちが、これだけものを考えて、しかもこれだけ表現して、行動をしていく力を持ち得たんだろう。どうしてだと思いますか?」

寺田「よく聞かれるんですけど、私にも全然分からないんですけど。ただそれだけのことが起きているってことなのかなと思いますね。私も、そんな人前でしゃべるのとか好きじゃないですし、できればみんな、こんなことやりたくないと思いながらやっている面が大きくて。

 なので、そういう学生でさえ言わざるを得ない状況になったってことなんじゃないかなと思いますね」

岩上「普通に学生生活を送る学生たちが、まさか自分たちがこんなふうにまとまって行動を起こして、そして、その結果、まさかここまでのインパクトをSEALDsというものが社会に与えていくことになるだろうとは、夢想だにしなかった?」

寺田「そうですね。まさか」

岩上「なるほど。将来、社会的な活動を行おうとかいうような思いを持ってたというのはあったんですか?」

寺田「私は全然なくて、大学生活エンジョイしようみたいな気持ちだったんですけど。あ、でも入学したときは・・まだ今もですけど・・復興がぜんぜん進んでない状況だったので、東北に友達とバスで行ってボランティアやったりしてて。

 その中で、やっぱり、そのボランティアも大事だけども、一方で政治に働きかけるということも同じように重要だって思ったので、それぐらいからです。原発問題とかに関しても」

岩上「大学に入学したのは何年前?」

寺田「3年半ぐらい前」

岩上「今、4年生。そうすると、311の時には、大学にまだ入っていないんですね。高校生の時ですね」

寺田「高校3年生にあがる春に行きましたね」

岩上「本当に皆さんは、311直撃世代になったんですね」

寺田「はい」

岩上「すごくいろんな意味で影響を受けたし、考えさせられたでしょう。大学生活をエンジョイしようと思っていたでしょうに。楽しい学生生活っていうのを送る時間っていうのはありました?」

寺田「あ、それはあります」

岩上「なにやってました?」

寺田「なんでしょう。友達と旅行行ったりとか。食べ放題に行っていっぱい食べたりとか」

岩上「食べ放題ね(笑)。それなりに楽しんできて、だけどこれはやっぱりやらなきゃいけないと、立ち上がって。

 いまSEALDs KANSAIは人の数がすごく増えたと聞いてるんですけど。どのぐらいいるんですか?」

寺田「もう140人ぐらいですかね。メンバーは全体で」

岩上「運動のやり方はどんなふうにやってるんですか? 東京のSEALDsとおんなじように、班分けをしてやってるんですか?」

寺田「一応、デモの当日はこの人がいろいろ仕切る担当でとか、この人はフライヤーのデザインをするとか、いろいろ分かれてはいますけど、東京のSEALDsみたいにピシッと分かれているわけではないですね」

岩上「lineかなんかで、連絡とってるの? なんでlineなの、みんな?」

寺田「一番連絡取りやすくないですか?」

岩上「取りやすいの? いや、line全然やんないから分からない。やっぱり、あれスタンプがいいの?」

寺田「スタンプもですし、どんどん、どんどん会話が進められるので」

岩上「そうなの? 遅れてんなあ、俺たち。SEALDsに刺激を受けて、IWJもline導入かな。でも、そうやって話を進めるには便利なツールなんだね」

寺田「そうですね。ノートという機能があって、議事録アップしたりとかできるんです。アルバムを作ったりとかもできるんで」

岩上「こういう動きをしてることで、逆風もあると思うんですよ。色々辛い目にあったりとか、あるいはネガティブなことを言われたりとか、自分も政権にネガティブなことを言ってるんだから、それは返ってくるだろうとは思うけれど、どんなことがありました?これまで」

寺田「結構批判ってネットが中心だと思うんですけど、私、インターネットでの自分の評価とか全然見ないんです。いい評価も悪い評価も見ないようにしてています。傷つくので」

岩上「ツイッターはやってないの?」

寺田「やってないですね。フェイスブックはやってます。フェイスブックはそんな不特定多数の人が見るって感じじゃないので」

岩上「なるほど。lineだったら、もっと絞り込めてる。フェイスブックだったらもう少し限定されて、ツイッターだったら無限定に近い感がすると」

寺田「はい」

岩上「確かに。毎日、300ぐらいずつメンションが投げ込まれてるからね、僕のタイムライン。ネトウヨから(苦笑)。ブロックするのも時間かかる」

寺田「そうですよね。じゃんじゃん湧きますよね」

岩上「うるさいな、このネトウヨと思って、なんでこんな粘着してるんだろうと思ったら、大阪選出の国会議員の長尾敬だった」

寺田「え?」

岩上「長尾敬さんに粘着されてたの」

寺田「へえ。めんどくさい人がいるんですね」

岩上「国会議員ですよ、国会議員。しっかりしてくださいよ、長尾さん。大丈夫?って言っておきたいと思いますね。本当に。

 でも、そういうものがツールとして役立ち、やっぱり情報が流れて多くの人に届いていっているという手ごたえはやっぱりあるよね」

寺田「そうですね」

国会で意見陳述したSEALDs奥田愛基さんについて

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