【特別寄稿】アルシャバーブとアルカイダによるケニアの襲撃事件 ―難民とNGOがテロ行為に関与・利用―(米川正子 元UNHCR職員・立教大学特任准教授) 2015.5.5

記事公開日:2015.5.5 テキスト
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 2015年4月2日にケニア北東部のソマリア国境地のガリッサ郡で起きた、アルシャバーブによる大学の襲撃は大変痛ましい事件で、キリスト教徒の学生ら148人が殺害されました。

 アルシャバーブとは、アルカイダと連結しながらソマリアに拠点を置き、アメリカからテロ組織と指名されている集団です。アフリカ連合(AU)の平和維持活動でソマリアに展開するケニア軍が撤退するまでテロ攻撃を継続し、「ケニアの都市は血で赤く染まる。長く凄惨な戦いになるだろう。一般市民が最初に犠牲になる」と、新たなテロ攻撃を予告する声明を出しました。

▲アルシャバーブ(الشباب‎, Al-Shabaab)

 ケニアはこれまで、アルシャバーブやアルカイダによるテロ行為が何度も起きています。代表的な事件は、1998年の米大使館爆破(224人が死亡、1000人以上が負傷)、2013年のショッピングモールにおける襲撃(67人が死亡)、また2002年のイスラエル人が経営するホテル爆破(13名が死亡)など。そもそも今回の大学襲撃も、事前に何度も警告があったため、上記の声明を深刻に受け止める必要があります。

 今回の襲撃事件を受けて、地元のリーダーはケニア政府に「ソマリア難民の帰還」を要求しました。それはなぜなのか、その背景について説明したいと思います。

前回の寄稿(【特別寄稿】安倍首相の「人道支援」発言とNGOの軍事利用 ―救援者、それともCIAスパイか―(米川正子 元UNHCR職員・立教大学特任准教授) 2015.3.25 )で触れたCIAとNGO間の情報共有に関しては、CIAのHPにその背景の説明文が掲載されています。
Central Intelligence Agency, ‘Can the USG and NGOs Do More? Information-Sharing in Conflict Zones’, 2008

 それによると、ルワンダのジェノサイド、コンゴの戦争や難民の大移動など、1990年代にアフリカ中央部で起きた危機が転機となり、以降、CIAとNGOの間で協力関係が強化したとのことです。現地の大使館員と違って、地方に派遣されているNGOは危機に関する情報を有しており、時おりその情報共有がアメリカ政府の政策となっています。

世界最大の難民キャンプがテロ活動の温床

 ケニア政府によると、大学の襲撃事件の立案者はケニア内で大規模なテロリストのネットワークを有し、それは、テロ行為の温床となっているダダーブ難民キャンプにまで及んでいます(※1)。

 ダダーブ難民キャンプは、本事件が起きたガリッサから100キロしか離れておらず、ソマリア難民を中心に約40万人を収容しており、今日世界最大級の難民キャンプです。ダダーブは、ソマリアの首都モガディシュに次いで、ソマリア人が世界で2番目に多く住む「市」でもあるのです。

▲ダダーブ難民キャンプの青空教室

 1991年にソマリア内戦が勃発後、ソマリア人が難民としてケニアに越境し、ダダーブ難民キャンプに住み着いたのですが、キャンプの設立当初から武器密売が行われるなど、難民キャンプの武装化が問題視されてきました(※2)。 難民キャンプは「文民」のものであり、軍事目的の活動が禁止されているにもかかわらず、です。

 緊急事態に対応している軍隊、国連機関やNGOは、週末もなしに働くことが多いため、ストレス解消のために、数週間や数か月に1回の割合でR&R(Rest & Recuperation)という国外休暇のシステムがありますが、ソマリアの反政府勢力も同様に、’R&R’を取りに、家族や友人がいるダダーブに来ているようです。

 その他、アルシャバーブは、難民キャンプ内で戦闘員を動員しています。ダダーブは乾燥した砂漠地帯に位置し、ケニア国内で政治的にも経済的にも疎外されているために、失業中の若者はアルシャバーブやアルカイダの誘いに簡単に乗ってしまうのでしょう(※3) (ソマリアの大統領は難民キャンプとテロ行為の関係性を否定(※4)。

 ケニアにおける難民の歴史を振り返ると、同政府は、ソマリア、そして隣国のスーダンから大量に難民が流入した1990年代まで、難民の受け入れに寛容でしたが、1990年以降、事態は急変しました。経済危機、自然災害の被害以外に、急増する難民人口(特にソマリア系)と「準恒久的になった」難民キャンプの存在、イスラム勢力による脅威、そして彼らの経済的影響力に、国民は警戒心を抱くようになりました(※5)。

 もともと1960年代に、ソマリア系住民はソマリアによるケニア北東部の併合を求めていたため、一般の国民は彼らに対して恐怖感を持っていたのですが、ソマリア難民の到来によって違法な武器売買と犯罪率が急増しているという認識が広がり、ソマリア人への反感が復活したのです(※6)。

 アルシャバーブが難民を勧誘している一方で、ケニア政府や在ケニアのソマリア系住民も、ソマリア難民を動員して母国に帰還させ、アルシャバーブとの戦闘に参加させようとしています(※7)。 難民を大金で誘惑し、「国連、アメリカや欧州委員会が支援する勢力に参加する」とだましながら、戦争犯罪に値する15歳以下の子供も動員しているとのことです(※8)。

 アルシャバーブに対する報復の手段として、難民を紛争の人質にとって利用していることについて、ケニア政府は否定していますが、難民キャンプに住む保護者、脱走兵やコミュニティ―のリーダーによると、キャンプ内の売店や公共広場で堂々と青年や少年へのスカウト活動が行われています(※9)。

NGOがテロ行為に関与

 テロ行為に直接的・間接的に関与しているアクターは、アルシャバーブ、政府や難民だけではありません。

 日本ではほとんど知られていませんが、1998年の米大使館爆破事件後に、イスラム系NGOの政治的役割が浮き彫りになりました。

 ケニアの裁判所によると、アルカイダは、Mercy International(MI)(※10) というNGOの事務所にて、米大使館爆破の計画を立て、その秘密書類を隠し、アルカイダのメンバーはMIの身分証明書を持って人道支援者のように装い、その事務所に住まわせました(※11)。 さらに、Help Africa People[HAP] というNGOは、援助活動に関わっていなかったものの、アルカイダの内密作戦のために利用されました(※12)。

 このため、MIの事務所がケニア警察とFBI(米連邦捜査局)によって、そしてHAPの他に、Al Haramain Foundation, International Islamic Relief Organisation, Ibrahim Bin Abdul Aziz Al Ibrahim FoundationのNGOの事務所が、ケニアの法執行機関によって強制捜査され、その他に、5つのイスラム系NGOの活動が禁止されたのです(※13)。

 ナイロビは、ケニアの周辺国(ソマリア、スーダン、コンゴ民主共和国など)の紛争地域で人道支援に関与している国連機関、政府機関と国際NGOの地域事務所が数多く集まる首都なので、人道支援団体に装って「侵入」することは大変安易なことなのです。

 その上、ナイロビは「東アフリカのバンコク」と呼んでも過言ではないように、観光客、売春婦、武器商人、薬物関係者、難民などが集まる都市でもあります。その人間の堝の中に、アルシャバーブのソマリア人のメンバーが、難民やビジネスマンに装ってケニアに越境しているため(※14)、 難民と他の者との区別がつかなくなってきています。

 上記に、イスラム勢力の経済的影響力について触れましたが、その財源は、他のテロリスト・グループ、ソマリアのディアスポラ、海賊、人質、ビジネス、近隣国政府、そして人道支援などさまざまです(※15)。 具体的に人道支援の財源とは、ダダーブ難民キャンプやソマリアに配布される援助物資や食糧の横流し以外に(※16)、ソマリアのアルシャバーブ支配地域で活動する国連機関やNGOに課される税(事務所の賃借料の15%)も含まれます(※17)。 国際NGOの国境なき医師団は、アルシャバーブから滞在許可費として1万ドルの支払いを要求された際に、代替品としてチャット(葉っぱの麻薬)(※18)を支払ったこともありました(※19)。

 イスラム勢力の経済力もあってか、ケニアにおける難民が北米やヨーロッパなどに定住する「第三国定住」(※20)にも汚職がはびこり、一時、ビジネス化していたことが発覚しました。ソマリア難民から大金の賄賂を受け取って、彼らの第三国定住を促進した人の中には、UNHCRの職員も含まれています(※21)。 第三国定住を通して、世界各地に定住した難民の中に、どれだけの「ニセ難民」、あるいはアルシャバーブ関係者がいるのか知る余地がありません。

人道支援家も被害者に

 話をダダーブに戻しますと、ケニア政府、アルシャバーブ、そしてソマリア系住民の3者の板ばさみに挟まれているソマリア難民だけでなく、そこで活動する人道支援団体も被害者になっています。

 現地の情報によると、アルシャバーブに誘拐された人道支援団体の女性職員数名がさまざまな所に連れ回されたあげく、望まない妊娠をし、数年後に子供連れで解放されたことがありました。他に、誘拐された人道支援家は、イスラム教徒に改宗させられました。

 同様なケースは公に報道されていないだけで、実際にもっと起きていることでしょう。

 このような、非常に残酷な環境に囲まれている難民や人道支援団体の職員の実態を、日本政府や国民はどれだけ把握しているのでしょうか。

 今年1月、2月に起きた邦人人質事件を受けて、安倍首相は安易に難民や避難民への人道支援を表明しましたが、「イスラム国」(IS)の存在が現地にいる難民や避難民をますます犠牲にし、また人道支援団体を狙う可能性が大いにあります。

 昨年暮れに亡くなった俳優の菅原文太氏は、「政治の役割は絶対に戦争をしないこと」という重要なメッセージを残しましたが、政府は政治力でもって、戦争やテロ行為の残虐行為を止め、難民を一人でも減らせるように解決していただきたいものです (了)。

———(注釈)———————————————————————————————

(※1)CNN, ‘Kenya government says terror mastermind “has extensive terrorist network within Kenya”’, April 5, 2015, http://fox6now.com/2015/04/05/kenya-government-says-terror-mastermind-has-extensive-terrorist-network-within-kenya/
(※2)Kathi Austin, ‘Armed Refugee Camps: A Microcosm of the Link Between Arms Availability and Insecurity’, Workshop on International Law and Small Arms Proliferation, Washington DC, February 6, 2002, cited in HRW, Hidden in Plain View: Refugees Living Without Protection in Nairobi and Kampala, 2002, 129.

(※5)International Crisis Group (ICG), ‘Kenya: Al-Shabaab – Closer to Home’, 25 September 2014,12
(※6)Burns, ‘Feeling the Pinch’, 9.
(※7)Human Rights Watch (HRW), ‘Kenya Recruits Somali Refugees to Fight Islamists Back Home in Somalia’, 10 November, 2009.
(※8)HRW, ‘Kenya Recruits Somali Refugees’
(※9)HRW, ‘Kenya Recruits Somali Refugees’
(※10)Mercy Internationalの本部はカナダかアメリカにあり、ケニア以外にも、エチオピア、ソマリアやスーダンでも活動し、設立目的は、対ソ連のアフガニスタン・ジハード(聖戦・奮闘、努力)、そして戦争からパキスタンに逃れたアフガニスタン人を助けることであった。M.A.Mohamed Salih, ‘Islamic N.G.O.s in Africa: The Promise and Peril of Islamic Voluntarism’, Alex de Waal ed. Islamism and Its Enemies in the Horn of Africa (Bloomington: Indiana University Press, 2004) 171; 9/11 Research Wiki, http://911research.wikia.com/wiki/Mercy_International

(※11)‘A Moral Victory’, Africa Confidential, 8 August 2014, Vol 55, No.16
(※12)‘A Moral Victory’, Africa Confidential.
(※13)Salih, ‘Islamic N.G.O.s in Africa’, 175.
(※14)ICG, ‘Kenya’, 3, footnote 3
(※15)Jonathan Masters, Deputy Editor, and Mohammed Aly Sergie, ‘Al-Shabaab’, Council on Foreign Relations, February 27, 2009
(※16)UNSC, S/2010/91, 10 March 2010, para. 235.
(※17)Stig Jarle Hansen, Al-Shabaab in Somalia: The History and Ideology of a Militant Islamist Group 2005-2012 (London: Hurst & Company, 2013) 91, 115
(※18)噛むと精神が高揚する常緑樹の一種で、ソマリアの男性は毎日のように噛む習慣がある。
(※19)Hansen, Al-Shabaab in Somalia, 91

(※20)UNHCR「第三国での生活の新しいスタート」を参照。
http://www.unhcr.or.jp/html/resettlement.html
(※21)UNHCR, ‘UNHCR receives report on Nairobi investigation’ Press Releases, 25 January 2002, http://www.unhcr.org/3c513a284.html

■米川正子氏特別寄稿 過去記事

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