戦後の憲法解釈を取材してきた政治記者が語る安倍政権への警告~第六回 集団的自衛権を考える勉強会 2014.4.16

記事公開日:2014.4.25取材地: テキスト動画
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 集団的自衛権を考える超党派の議員と市民の勉強会の第6回が4月16日に開催された。この日、講師として招かれたのは、元共同通信記者で「戦後政治にゆれた憲法九条―内閣法制局の自信と強さ/『武力行使と一体化論』の総仕上げ」の著者でもある中村明氏。30年間政治記者として取材を続けてきたという中村氏は、集団的自衛権行使の原則に関する経過を解説しながら、事実に基づき検証した。

 冒頭、集団的自衛権行使容認の準備を進めている最近の安倍政権に対して、「国家の重要な進路を私的な諮問機関で決めるということは、法治国家ではあってはならないこと」だと、中村氏は懸念を示した。

 その安倍政権が、集団的自衛権の行使容認の根拠としているのは、1959年12月16日の砂川事件における最高裁判決である。

 「憲法に関わる規定について、それが一見極めて明白に違憲だと認められない事件については、司法の判断は控える」と、高度な政治学は裁判権の範囲外であり、最終的には国民自身が判断すべきとの見解を、最高裁は示した。

 「元内閣法制局長官で現最高裁判事の山本庸幸氏が、『集団的自衛権行使の容認はできない』と、はっきりおっしゃられていたが、それがどれだけ安倍政権の歯止めになるのか」

 勉強会参加者から出たこの質問に、中村氏は次のように答えた。

 「安倍首相が内閣法制局を無視することがあれば、戦後、最高裁と内閣法制局がコラボレーションしてやってきたものが破壊されてしまう。

 自衛隊を動かすということは、統治行為、つまり高度な政治行為そのもの。それを法制面から裏付ける役割を担っているのが内閣法制局の核心。最高裁の判断からは、内閣法制局に『任せる』という、両者の信頼関係がみてとれる。統治行為論というのは、内閣に自立性がなくなったら成立しないものであり、それを担保するものとして、内閣法制局が存在している」

 中村氏によると、内閣法制局が戦後行った最大の仕事というのは、「憲法9条のもとでも個別的自衛権の行使は容認されるという解釈を導き出して、国民に定着させたこと」だという。

■ハイライト

  • 講演 「内閣法制局の集団的自衛権不行使の原則について」 中村明氏(元共同通信編集員)
  • 場所 参議院議員会館(東京都千代田区)

内閣法制局の役割

 では「内閣法制局」とは何か。

 内閣法制局の性格について、中村氏は元内閣法制局長官である高辻正己氏の言葉を紹介した。

 「内閣法制局の法律上の意見の開陳は、法律的良心に従うものであって、その時の内閣の政策的意図に往生し、利害の見地からその場を凌ぐような無節操な態度ですべきではない。そうであってこそ、内閣法制局に対する内閣の信任が維持される」

 高辻氏の主張には、「内閣の立場を離れて客観的な考えを持つ役所は必要なんだ」と、当時の吉田茂首相を頂点とする保守本流派が考えていたことが背景にあるという。

 安倍首相が指名した小松一郎氏が内閣法制局長官に就任した現在、「内閣の動きに同調してしまうのではないか」という懸念について、参加者が指摘すると、中村氏は次の考えを示した。

 「これまで内閣法制局が積み重ねてきた憲法解釈を、一内閣で変えるというような、愚かなことをするとは思っていない」

9条解釈の歩み

 政府の憲法9条対策のスタートとなった憲法制定国会において、吉田内閣は、「武力侵略があれば自衛権が発生し、これに実力組織で対応するのは当然の権利だ」という考えを否定し、憲法9条のもとでの自衛権の発動は、警察力か軍民蜂起の形しかない、との考えを示していた。

 憲法9条第1項は自衛権を認めているが、第2項により自衛権の発動を遂行する手段がない。それ故、武力侵略に対し、自衛権行使もできない。また、交戦権についても第2項により、一切の軍備と交戦権を認めないという解釈の結果、自衛権の発動と交戦権を放棄したという見解であった。

 その後、吉田政権は、国会論戦を通じて、「自衛の行動だけは容認されるんだ」という考えに変えていったと、中村氏は解説した。

 まず、政府解釈に変化をもたらしたのは、マッカーサー連合国最高司令官による「この憲法の規定は、相手側から仕掛けてきた攻撃に対する、自己防衛の侵し難い権利を否定したとは絶対解釈できない」という、1950年元旦の年頭声明での発言である。

 同年6月25日には、朝鮮戦争が勃発。平和憲法に揺さぶりをかけるような情勢のなか、国会では憲法9条をめぐる解釈論争が始まり、自由党・改進党・社会党の左右両派が吉田内閣と激しい論戦を繰り広げた。

 1954年7月には、自衛隊がスタートしたことで、防衛二法をめぐり第90回国会における憲法9条解釈論争は揺れに揺れたが、この国会論議において、現在までに続く解釈の基本が形成された。

 ただし、自衛権を発動するためには、以下の3要件が必要だと、厳格な条件がつけられた。

 「1.急迫不正の侵害がある。2.他に手段がない。3.必要最低限の防御のために必要な報復をとる」(佐藤達夫法制局長官の1954年4月6日衆議院内閣委員会での答弁)

 その後、「海外派兵をしない」とする政府解釈の先駆けとなったのは、同年4月12日の同委員会で、木村篤太郎元保安庁長官が、海外派兵を明確に否定したことによる。

 「自衛隊が海外派兵できない法的根拠について、武力の威嚇と行使は、国際紛争解決の手段として行使しない、と憲法9条1項に明確に規定されている。日本の自衛権の範囲内において、自衛隊は設立されている。自衛隊は我が国の独立を守り、安全を期するためであり、海外派兵は考えていない」

9条解釈は優れた統治の知恵

 「自衛のための最小限度の実力を駆使するところは、9条の禁止するところではない」。鳩山一郎内閣の大村清一元防衛庁長官が1954年12月22日、衆議院予算委員会で示したこの解釈は、現在の政府の9条解釈の基本を成すものになった。

 中村氏の取材で、この9条解釈の立案者である高辻氏は、こう説明している。

 「憲法9条自体は、独立国家に固有の自衛権まで指定しているはずはない、と。そうであるなら、自衛権行使を可能とする必要最少限度の実力組織を禁止しているはずはない、という論理構成でできている」

 以来、60年間にわたり国会論戦のなかで揉まれはしても、基本的に変わっていない9条解釈を、「優れた統治の知恵」だと中村氏はみている。

 また、内閣法制局にとって、憲法は実践の学問であり、生の政治にコミットしながらも、政治の道具になってはならないとする高度な政治学なのだと分析した。

 同時に、「9条解釈の変遷に比べれば、集団的自衛権の行使を必要最低限認めるというのは、大した変更ではない」との最近の自民党の考えは、「歴史を無視している」と批判した。

 「第二次世界大戦後に好戦国日本という疑いを払拭するために、先人たちの努力で現憲法は制定され、国会論議を経て、現在の解釈を生み出した」

集団的自衛権不行使の原則

 吉田政権と保守系の改進党は、自衛隊による自衛行動だけは「憲法上容認される」との考え方をまとめていったが、自衛隊を行使できるのは、個別的自衛権に限るのか、集団的自衛権もできるのかという議論はなかったということが、中村氏の調べでわかっている。

 当時、衆議院の3分の1の勢力を占めていた社会党の厳しい批判もあったことから、自由党・改進党の両保守政党にも、「集団的自衛権行使容認」という発想そのものがなかったのだ。

 そして、集団的自衛権不行使の原則が固まってきたのは、岸信介内閣が日米安保条約の改定交渉を進めるなかでのことであると、中村氏は主張した。

 これについて高辻氏は、次のように回想したという。

 「米国の対日防衛義務の明確化との関連で、憲法上の問題点を解明しておく必要に迫られて、外務省との間で、憲法における集団的自衛権について論じた」

 日本の憲法9条のもとでは、集団的自衛権行使は容認されないことから、米軍基地への攻撃に際し、自衛隊が駆けつけることはない。また、在日米軍に対する日米での対応に関し、日本としては自国の主権が侵されたとして個別的自衛権で対処し、日米両政府がこれに合意している。

 1960年2月13日の衆議院予算委員会では、林修三元法制局長官が、「集団的自衛権が他国を自国と同じように守ることであるのに対し、自分の国を守ることは個別的自衛権。他の国の協力を得て自分の国を守ることは、決して集団的自衛権の発動ではない」と答弁している。

 自衛隊が海外の米軍基地を防衛するケースや、米軍が海外で始めた戦争に自衛隊が武力で応援するケースなどは論外で、「まったくなかった議論だ」と、中村氏は説明。

 タカ派とみられていた岸信介元首相ですら、「集団的自衛権を国際法上観念としてもっているが、行使できない」と明確に述べていると指摘した。

 憲法9条のもとで集団的自衛権は容認されないという解釈は、長い国会論議を経て、積み重ねられてきたものだということだ。

 「そこへ情勢の変化という曖昧な理由で、憲法解釈を変えてしまおうという、よこしまな気持ちをもった指導者が登場した。安倍首相の発言をきっかけに、政界やマスコミにおいて、自衛権概念の混乱が起こって、国民は何が正しいのか判断に迷っている状況だ」

 中村氏は、集団的自衛権のみならず、憲法解釈を変えようとする安倍首相を鋭く批判した。

 さらに、「集団的自衛権は自衛権概念の乱用」と主張している国際法学者のハンス・ケルゼンの言葉を紹介し、その象徴とも言えるような、不断に繰り返されている米国主導の集団的自衛権に基づく開戦を指摘した。

 「還元論に陥ることなく、自民党のなかから集団的自衛権行使容認議論の危険性を指摘する人が出てくることを期待している」と、中村氏は締めくくった。

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