「原発を推進するのなら、まず、福島を片付けてからするべきだ」 〜ふくしまの「いま」を知る映画上映会後のお話会 2013.11.17

記事公開日:2013.11.17取材地: テキスト動画
このエントリーをはてなブックマークに追加

(IWJテキストスタッフ・荒瀬/奥松)

 「警戒区域の指定が解除されると、防護スーツなしで自由に入れる。だが、線量が変わらない場所もあるのだ」──。

 2013年11月17日、茨城県ひたちなか市の正安寺で行われた「ふくしまの『いま』を知る映画上映会」で、ドキュメンタリー映画『原発20km圏内で生きる男』の上映後、ジェフリー・ジョーサン監督のトークと、木田節子氏によるジュネーブの国連人権会議での活動報告などが行われた。

■全編動画
・1/2

・2/2

  • お話:ジェフリー・ジョーサン氏(映画監督)、木田節子氏(福島原発立地地区からの避難者、原発いらない福島の女たち)
  • 日時 2013年11月17日(日)
  • 場所 正安寺(茨城県ひたちなか市)

何もなかったかのように、復興に向かう福島

 アメリカ出身で、現在、つくば市に在住のジョーサン氏は、映画『原発20km圏内で生きる男』の撮影のために、警戒区域内に3回入ったという。「最初に入った時は、非常に恐怖を感じた。防護スーツにマスク、ゴーグルをし、ガイガーカウンターを持って入った。40マイクロシーベルトの場所に入り、急いで戻ったこともある。被曝していても、その時はわからないし、感じないので、何度か警戒区域に入るにつれて、精神的に恐怖心が麻痺していくこともあった」と、当時の心境を明かした。

 以前は警戒区域に指定されており、現在は解除されている地区について、ジョーサン氏は「解除前と解除後で、その場所の線量は変わっていないのに、防護スーツなどもないまま、人が自由に入れるようになった。まるで、津波や原発事故がなかったかのように復興しようとしている」と話した。

 「警戒区域が解除されても、住民は子どもを連れて帰りたくないという思いがあり、病気の不安もある。そんな福島の現状を、東京の人たちは何も知らず、まるで問題がないかのように振る舞っており、『経済的に重要だから』と原発推進派に投票する。原発を推進するのなら、まず福島を片付けてからするべきなのではないか」と主張した。

正しいことが、わからなくなっている世の中で

 福島の原発事故を受けて、原発立地地域の富岡町から茨城県水戸市に避難している木田氏は、原発反対の声を上げ始めてからの1年を振り返り、「『原発いらない福島の女たち』が知られるようになるにつれて、過激な活動家のように言われたり、誹謗中傷を受けることも起きている。それでも、68年前の戦時中、誰もが日本が負けていることを口にできなかった時に、『この戦争は間違っている』『日本は戦争に負けている』と、正しいことを口にした『はだしのゲン』の父のように、正しいことがわからなくなっている世の中でも、声を上げ続けたい」と話した。

いまだに危機感に欠ける、日本の役人たち

 木田氏は、ジュネーブの国連本部で行われる世界人権会議に出席し、福島の人たちが放射能に汚染された土地に留め置かれて、被曝し続けている現状を訴えてきたことを報告した。「54基もの原発を作った日本に対し、12年前、国連は『原発事故などの不測の事態が起きた時のことを考え、国や自治体が避難などの準備をするべきだ』と勧告をしたが、日本政府は無視した。さらに、6年後、国連は勧告への回答がなされないことに対し、答えを求めたが、さらに日本政府は無視し続けた」。

 「そして、その3年後に福島の原発事故は起きた。12年後の今になって、ようやく、日本政府は国連に行って説明責任を果たすという状況である」。この説明のために国連を訪れた、日本の国家公務員たちにジュネーブで会った木田氏は、「彼らの危機感のなさを目の当たりにして、どうしても、福島のことや自身の気持ちを伝えずにはいられなかった」と述べた。

IWJの取材活動は、皆さまのご支援により直接支えられています。ぜひ会員にご登録ください。

新規会員登録 カンパでご支援

関連記事


“「原発を推進するのなら、まず、福島を片付けてからするべきだ」 〜ふくしまの「いま」を知る映画上映会後のお話会” への 1 件のフィードバック

  1. mayo より:

    つらい映像とお話の映画の一部とお話会を拝見し、2年8カ月前のあの時、日本は国を挙げて一身一丸となり事故収束のために動かなければならなかったのにと今更ながら強く思い返しました。今日からの燃料棒取り出し作業に世界が息を呑む事になる。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です